2月4日(土)
我が家の決して広くはない台所での、二人の調理師によるパフォーマンスが全て終了した。二人はエプロンを外し、髪の毛を解いてお互いを称え合うかのような笑顔を見せ、互いの手を強く握り合った。
土曜日の昼下がり。普段は妻と僕の大人二人、小さい娘が二人で広さを感じるリビングが、今日はとても狭く感じる。実の姉と妹、僕の両親、なぜか妻の仕事仲間である小野寺さんと、その御母堂が我が家に集っていた。
亜衣と映美、二人の娘は見慣れない人たち、食べ慣れない料理に興奮、圧倒され、お腹が膨れたタイミングですっかり疲れ、眠ってしまった。
台所の姉、郁美は調理器具を片付け始める。それを見て、妻の芽衣が手伝おうと近寄った。
「芽衣さん、ごめんね。勝手に触っちゃって。片付けまでやりますから。香帆さんも私に任せて、休んでてください」
郁美の隣にいた相方、香帆さんを向かいのソファへ促した。郁美を手伝おうとする香帆さんを、姉の目配せに頷いて、芽衣がソファまで誘導する。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ちょっとだけ」
敬子がお茶を持って、香帆さんの隣に座った。香帆さんの顔を覗き込み、「失礼します」と手首で脈をとっている。少々呼吸は荒そうだが、身体に異常はないようだ。
「君のお母さん、すごいな。ルミさん」
小野寺さんは、「とんでもないです」と首を振った。向かいに座っていた父、康信は「いや、大したもんですよ」とたっぷり響く声で言う。隣の母、乃莉も同意を示す。
「姉さんの独立プロジェクトが、こんな展開するとはね」
「私も二、三週間でこんなことになるなんて、想像してなかったわ」
郁美は調理器具を大方洗い終え、使い捨ての皿を透明な袋に詰め込んだ。我が家の食器は物量の関係で使われなかった。彼女は濡れた手を拭いて、自分のスマホを弄った。香帆さんと二人で作った料理が、スープからデザートまで写真に収められている。
「HP用の物撮りは、また今度やろう」
「インスタのブランディングも、今から考えないとね」
郁美はそう言いながら、比較的映えそうな写真をピックアップして、個人のアカウントに投稿する。Facebook、Twitterへの連携も忘れない。
「あとは、いやらしくならない程度にモデルとの写真とか?」
僕の提案に姉は「ゆっくり考えるわ」と言った。ビジネスプラン、市場調査もまだまだコレから。具体的な資金繰りも算段ついてないし、コッチが焦りすぎ、か。
少し落ち着いたようで、香帆さんが食卓の椅子に手をかけた。敬子の手を借りながら、小野寺さんの隣に腰掛けた。
「香帆さん、本当にイイんですか?」
僕の問いかけに、香帆さんは頷いた。
「すぐにフルタイムは身体が追いつかないけど、ちょっとずつ慣らせば大丈夫だろうし」
「香帆先輩の主婦としての経験、ノウハウ、発想も、頼りにしてますよ」
郁美との連携がスムーズなのは、技術のルーツが同じだからだろうか。限られた機材とスペースを活用する術も、栄養のバランスを考えた健康的なメニューを組み立てるのも、香帆さんの知見が生きるのか。
郁美も小野寺さんも、香帆さんも。みんな生き生きしたいい表情だった。