3月13日(月)

 日中は暑かった背広にコートも、21時だとちょうどいい。もうじきお彼岸だけど、まだまだ三寒四温。今日の暖かさはたまたまだろう。朝から降り続いていた雨は夕方には上がり、傘は広げずに歩けるのもありがたい。
 いつもはビルを出たところで分かれる哲郎くんが、今日は珍しく少し後ろをついてくる。小柄とは言い難い体格、いつも穏やかな雰囲気を纏っているものの、今日は輪をかけて覇気がない。
「今日は外食?」
 哲郎くんはゆっくりと顔を上げる。
「外食っていうか、餃子でも買って帰ろうかなと」
「餃子? 餃子もいいなぁ……」
 哲朗くんはJR茨木駅の方へ歩いて行こうとする。線路を挟んで王将と大阪王将の店舗はあるが、線路をくぐって右手に曲がった春日商店街にも、餃子の美味い店はある。とぼとぼ歩く背中に声をかけ、素朴な商店街の餃子バルへ連れていく。テイクアウトのメニューをもらう。店内もそれなりに賑わっているらしい。
「へー。ニンニク不使用なんですね」
 メニューを見ていたら興味が湧いてきたのか、ちょっと元気が出てきたようだ。狭いなりにどこも手の込んだ飲食店、飲みどころが軒を連ねている商店街の活気にも釣られ、自分もちょっぴり気が大きくなってくる。
「じゃあ、焼餃子と梅しそ餃子にしようかな」
「それを2つずつと、麻婆豆腐、油淋鶏も」
 テイクアウト用の窓口でオーダーを伝え、容器やら袋やらの分け方もパパッと決める。あとは出来上がりを待って支払いを済ませるだけ。店内で飲みながら待とうにも、今は満席らしく座れない。
 大人しく外で夜風に当たりながら、妻に送るLINEメッセージを考える。
「結構食べるんですね。森田さん」
「なに言ってんの。君の分だよ」
「えっ?」
 哲朗くんが何かを言い足そうと口を開いたタイミングで、出来上がりのお呼びがかかる。財布を取り出そうとする彼より先に、パパッと二人分の支払いを済ませてしまう。麻婆豆腐と油淋鶏の入った方を哲朗くんに差し出した。
「いやいや、流石に悪いっすよ」
「若いのに遠慮すんなって。ほら」
 半ば押しつける形で彼の手に持たせた。自分が食べる分もしっかり持った。まだ何か言いたそうな哲朗くんに、さっさと移動して店の前を開けようと手で合図する。
「しっかり食べて、社長をサポートしてもらわないと」
「じゃあ、いただきます」
 哲朗くんはまだ何か引っかかっているようだったが、多少素直になった足取りで茨木駅の方へ身体を向けた。
「僕はコッチだから」
 茨木駅とは反対の、春日商店街の出口を指差した。哲朗くんは、「あ、じゃあ、おやすみなさい」と軽く頭を下げて、駅の方へ曲がって行った。
 その背中を見届けていると、ポケットの中でスマホが震える。さっき送ったメッセージに、「了解です」と芽衣からの返事が届いていた。
 広くない一方通行を抜けてくる自動車を避け、月曜日の夜から元気な酔客の間を縫って真っ直ぐ帰路を急ぐ。たまに遭遇する人懐っこい黒猫に遭遇したらどうしようか、期待と悩みとを胸に抱いた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。