1月2日(月)
「大変申し訳ないんですが、次の入荷がいつになるかは分からなくて」
何度目か分からない定型文を、一言一句間違えないように気をつけながら再生する。私に問い合わせてきたおじいさんは、向こうの方が申し訳なさそうな表情で「そうですか。ありがとう」と微笑みを返し、ペット雑誌の棚へ移って行った。
「札立ててわざわざ書いてんのにね」
店長は、すぐ後ろにある「攻略本、売り切れました」の立て看板を触りながら、黒縁メガネの向こうから、「困ったもんだ」とでも言いたげな眼を送ってくる。
「浪川さん、もう六時だし、上がって」
レジ上の時計を見やると、いつの間にか六時を少し過ぎていた。レジ前に列ができつつあるけど、「僕が行くから、貴女は帰れ」とアイコンタクトを残した店長が、小走りでそちらに向かった。
「お疲れ様です」と出来る限り愛想良く会釈をしながら、従業員用ドアを抜け、更衣室でエプロンを外す。事務所のロッカーにエプロンを押し込み、カバンを取り出してタイムカードを押す。従業員用の通路から出て、上着とマフラーを整えながら一般客に紛れ込む。首から下げっぱなしのセキュリティーカードはカバンの中、と。
人が多すぎるなんて滅多にないイオンも、今日は地元の人っぽい親子連れ、祖父母連れな人たちで賑やかだ。いつものようにスタバへ足が向かうけど、中で飲むのは無理かもしれない。
飲食店の前で並んでいる人たちを避け、のんびり広がって歩く親子連れ、向かいから歩いてくるカップルの間をぶつからないように抜ける。平日の夕方に比べれば短い列が見えてくるものの、お店の中は会話が盛り上がっている団体さんでいっぱいらしい。年始の限定フラペチーノも気になるけど、今日はまっすぐ帰ろうかな。
スタバに背を向けてポケットのスマホを取り出す瞬間、明らかに周りから浮いてる二人が視界に入った。向こうも何となく察したようで、視界の端でこちらに手を振ってくる。
ーー瑞希、なに飲む?
ーー抹茶のフラペチーノ。大きいやつ。
すぐに既読がついて、どこで買ったかよく分からないスタンプが返ってきた。レンズの大きいサングラスでキメた女の人を置いて、財布を握った一兄が列の最後尾に並んでくれた。「お前は座ってろ」のジェスチャーがめちゃくちゃウザい。正直、気乗りしないというか、易々と隣に座れない空気を乗り越えて、女の人の向かいに座る。カバンを膝の上に乗せる間もズーッと視線が追いかけてくるぅ。
「アレ、さっきも居ませんでした?」
「うん。抜き打ちの素行調査。査察?」
茨木の、それも太田のイオンには全く溶け込まない覆面調査官、十分ぐらい観察されて、ファッション誌と地元特集のムック本を立ち読みされたっけ。
「一兄は」
「一人でブラブラしてた」と、私のオーダーを連れてきた。すっかり小洒落て都会の男になったらしい長兄と、モデルのようなこの人と。実はお似合いなのかも。
「ついでにアレも」
「アレね」
女の人は、コビトカバのストラップをつけたカバンの中から、ニフレルのロゴがついた紙袋を取り出した。一兄に促されるまま受け取り、後ろのシールを外すと中から出てきたのは、リアルなカバの口元がプリントされた布マスク。
「ワゴンで投げ売りされてたし、お土産」
これは流石にリアルすぎて、つけるにつけれない。
「私とお揃い」
目の前のお姉さんは、シュッとした手付きで、カバンから取り出した開封済みのカバマスクをつけて見せた。自信に満ちたキメ顔と整った顔立ちとカバの口元のミスマッチがヤバいのに、全く動じない。
隣の一兄はニヤニヤしながら視線を送ってくる。二人分の圧に負け、封を開けずにマスクを口元にかざしてみた。一兄は声を抑えながら盛大に笑い、カバマスクのお姉さんは嬉しそうに眼を細めてマスクを外した。
「私たち、仲良くなれそうね」
「え、ああ、そうですね」
お姉さんは和かにコーヒーカップを口元に運んだ。私は私で、氷が少し溶けたフラペチーノを吸う。今更だけど、大きいのを頼まなきゃ良かった。正月二日目の晩酌が始まった画像が届いて、何時に帰れそうか想像を巡らせた。