2月9日(木)
一足先に実店舗での撮影を終え、貸衣装から着替えて沙綾さんの撮影を見守る。背が高くて日本人離れしたスタイルとクッキリした目鼻立ちは、すごくいい写真が撮れそうだ。どちらかと言うとのっぺりとした奥二重の私は、チンチクリンの身体が生かせる程度に裏方をやる方が良い。
プロの仕事の邪魔にならないよう気を付けながら、カメラマンの撮影方法をじっくり観察する。構図の決め方から照明器具の置き方、学校では触らせてもらえていない機材まで、この機会に隅々まで観察させてもらう。
「写真撮影も、気になるんだ」
今日は記録係として現場に来ている哲朗さんが後ろから声をかけて来た。
「スチールの勉強も、動画に活かせるから」
哲朗さんを見て答えたのに、彼は少し視線を逸らした。ガラスに反射する自分の顔を見ると、ヘアメイクは撮影時のままだった。何気なく哲朗さんの方へ一歩近づくと、彼は一定の距離を保って横に動く。
哲朗さんと戯れていると、沙綾さんの撮影に一区切りがつく。カメラマンと武藤さん、沙綾さんは今まで撮影した画像を確認していく。哲朗さんも背後からそれを覗き込み、ザッと一通り見終えた沙綾さんは、メイクさんのところでチェックを受けている。私はさっきまで彼女が飲んでいた水を持って、沙綾さんに差し出した。
「ありがとう」
彼女はスッと受け取り、ストローをくわえた。沙綾さんが水を飲む間も、私は撮影機材が気になって、あちこちに視線を向けてしまう。
「瑞希ちゃん、撮る側に興味があったのね」
「撮る側っていうか、裏方全般に」
「出る方やれば良いのに。もったいない」
沙綾さんはボトルを私に返した。彼女は衣装を崩さないように立って、モニターに集まっているスタッフの方を見る。どうやらOKが出たらしく、武藤さんとカメラマンさん、ここのオーナーさんが笑顔を見せ合っている。手持ちのライトを持ってカメラマンさんをお手伝いしていた照明さんが、私の方にやって来た。
「成人式の前撮りをする時は、ぜひ使ってください」
レンタル衣装と撮影スタジオの無料引換券を差し出した。私がそれを受け取っていると、隣で装飾品を外されていた沙綾さんが照明さんに声をかけた。
「この娘、バイトにしない?」
「今、バイトは募集してなくて……」
沙綾さんの押しに、照明さんは「バイト代は出るか分からないけど、勉強したいなら、連絡してください」と自分の名刺も差し出してくれた。彼は軽く頭を下げて、武藤さん達の方へ戻っていった。
沙綾さんを見ると、自信満々な表情で私にウィンクした。「良かったね」と言い残して、更衣室へ入っていった。
「凄いパワーだね」
自分の荷物をカバンに詰め、哲朗さんが隣に立った。
なんとなくで自宅から通えるアルバイトを選んだけど、やりたいことがあるならガツガツ行かなきゃいけない。
「動画でやれることって、何かない?」
哲朗さんに、少々強めに投げかける。彼はちょっと考えて「Youtube、とか?」と言った。
「手垢がつききって、今からYoutuber目指したってキツいだろうけど」
彼の言うことはもっともだ。もっと作家性を発揮できそうな動画共有サイトも、あるにはある。機材やネタ、資金を理由に「作らない」をやるよりは、自分のやりたいことと目の前にあることを考えて、どうやるかを考えないと。
「これからどうすれば良いか、一緒に考えてもらっても良い?」
哲朗さんは一瞬息を飲み、すぐに力強い目で「もちろん」と言ってくれた。やっぱり、イイ人だ。