2月24日(金)
哲朗さんの妹、美桜さんは改札を通り、左手奥のエスカレーターを降りて行った。少々小柄ながら力に満ち満ちた女子高生は、連日の往復を一切苦とも思わず、平然と習い事にでも通うかのような足取りで今日も西宮へ帰っていく。
隣で一緒に見送っていた哲朗さんは、美桜さんがまだ見えている間に視線を逸らし、左へ身体を向けながら、全身で伸びをする。
「あ〜あ。やっと、帰った」
全身から力を抜き、大きな欠伸をして歩き出す。
「え、まだ」
「アイツのことは、適当でいいよ」
頭の天辺がまだ少し見えた気もするが、哲朗さんが駅を出てしまう。「ごめんなさい」と心の中で呟いて、哲朗さんの後を追いかけた。
「みぃちゃんは、この後どうする?」
真っ直ぐ帰るなら、美桜さんと反対方向に一駅乗ってしまう方が早い。でも、今日は武藤さんのところに一兄が挨拶に来ている。演者さんたちと打ち上げに行った沙綾さんは、その後どうだったのかな?
なんとなく、哲朗さんの歩くままに合わせて隣を歩く。彼はJR茨木駅を出て、駅前商店街を右に曲がる。そのまま、市役所の方へ道なりに進むと株式会社Mサイズの入ったビルに辿り着く。
「哲朗くん、おかえり」
彼は応接スペースで打ち合わせをしていた武藤さん、一兄に挨拶を返し、自分の席に戻る。私は置きっぱなしにしていた自分の荷物を彼のデスクから拾い上げた。武藤さんは一兄との話を切り上げ、哲朗さんに声をかけに行った。
手持ち無沙汰になったらしい一兄が、私を応接スペースに座らせる。
「で、その後どう?」
カバンからMacを取り出し、画面を開いてYoutubeの管理画面とGoogleアナリティクス の画面を出して、一兄の方へ画面を向けた。彼は「へー。結構伸びてるじゃん」と画面のあっちこっちを見ながら言った。
「コビトカバのロゴも可愛いって、JKの間で人気らしいよ」
「マジ?」
「マジ、マジ」
「ロゴ、ありがとう」と言うと、「可愛い妹のためだから、気にするな」と答えて、今日の昼に上げたばかりの動画を再生した。
「へー。よくできてる」
「上手く行ってたらいいんだけどね」
スマホをチラリと見るが、特にメッセージは来ていない。動画もまだ限定公開で、そんなに再生数は伸びていない。コメントも評価も、まだついていない。
一兄は自分のスマホを見て、すぐに何か返事を返した。
「じゃあ、帰ろうか」
「え?」
「向こうはまだ、遅くなるって」
一兄は椅子から腰を上げ、武藤さんに帰ることを伝えに行った。武藤さんは飲みに行きたかったようだけど、一兄は丁寧に辞退して私に「帰ろう」と促した。
「じゃあ、失礼します。哲朗くんも、またな」
一兄は私の背中を押して、先にオフィスから押し出そうとする。出しっぱなしのMacをカバンに仕舞い、促されまま株式会社Mサイズを後にした。扉が閉まる瞬間、哲朗さんと目があった、ような気がした。
「さ、行くか」
一兄は川端通りへ向けて歩を進めるけど、私は市役所近くの駐輪場へスクーターを止めてある。一兄に「こっち」と道を指し、駐輪場に向かって歩き始めた。