3月14日(火)

 色鮮やかなメニューを一ページずつめくり、最後のドルチェ、デザートまでしっかり目視してクルッとひっくり返す。振り出しに戻って最初から眺めるものの、何を頼めばいいのかよく分からない。
 向かいの席に座るルミさんがメニューから視線を上げ、「どう、決まった?」と訊いてくる。私は曖昧に微笑んで、「すみません。まだ、迷ってて」と答えた。
「じゃあ、適当に頼んでもいい?」
 私が頷くと、彼女は呼び出しボタンを押した。
「何か一品、どうしてもコレだけはってのを選んでおいて」
 メニューをじっくり見て選ぶ間もなく、ルミさんが読んだウェイトレスがやってくる。ルミさんはメニューを指差しながら、サラダやらチーズやらを頼んでいく。「それと、」と私の方を見た。
「ああ、じゃあ、コレを」
 メニューを広げ、品物を指し示す。
「あと、ドリンクはフルーツワインのラ・フランスで。瑞希さんは?」
「お酒はアレなんですけど、オールフリーを」
 ウェイトレスは注文を繰り返し、メニューを抱えて厨房へ歩いて行った。
「ピザ好きなんだ。意外〜」
「そうですか?」
「勝手に、和食とか魚好きだと思ってました」
 ウェイトレスが先にドリンクを運んでくる。ルミさんと乾杯すると、彼女はグイッとワインを飲んだ。私はビール風飲料で喉を潤す。
「ルミさんはワインがお好きなんですか?」
「う〜ん、嫌いじゃないけど、好きってほどでもないかな。コレは物珍しかったから、ついつい。瑞希さんはそれで良かったの?」
 ルミさんはウェイトレスが運んできた葉野菜たっぷりのサラダを、手際よく取り皿に分けてくれる。彼女に手振りで「食べて」と促され、「いただきます」と手を合わせてお箸を手に取った。一口頬張ると、食べ慣れない味が口中に拡がっていく。
「一応、未成年なんで」
「えっ、ウソ。気を遣わせてゴメンねぇ」
「いえいえ。ビールっぽい味は好きなんで」
 ノンアルコールビールは家でも散々、晃兄に飲まされている。誕生日を過ぎたら、哲朗さんや一兄にも色々連れ回されるんだろう。
「いくつだっけ?」
「19です」
「19? 7コ下……。7コ下、か」
 ルミさんは次々に運ばれてくる料理に目もくれず、茫然と何もないところを見つめている。私はチーズやらソーセージの盛り合わせやらを適当に取り分け、自分の分を端っこから摘んでみる。
「仕事もできて、モデルもやれて、彼氏もいて。羨ましいなぁ」
「か、彼氏なんていませんよ」
「本当に〜? この間のおめかしは、誰がどう見てもデートでしょ」
 ルミさんは底意地の悪そうな目つきでじっとり見つめてくる。通りがかったウェイトレスを呼び止め、二杯目のフルーツワインを注文した。空きのグラスをそのままウェイトレスに手渡し、自分の目の前にある取り皿にフォークを突き立てる。サラダを口に運んで、ヤギみたいに口を動かして草を咀嚼した。
「アレは、ただのお出かけです」
「二人っきりでお出かけしてたら、十分デートでしょうよ」
 程よくアルコールが入ったルミさんは、新しく届いたワインをまたまたグイッと飲んだ。徐々にエンジンがかかり始めているこの人相手に、デートかどうか論争を持ちかけても勝ち目はなさそうだ。
 哲朗さんとは彼氏彼女の関係かどうかの話に切り替えよう。それで納得してもらえるかは分からないけど、酔っ払いをなだめる、あしらうことを最優先に考えよう。上手くいくかは神のみぞ知るーー。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。