6月11日(日)

「茨木の川が、そんなに魅力的か? どこにでもある風景だと思うけどなぁ」
 一兄は隣で運転しながら、心底面倒臭そうに言う。
「どこにでもありそうだけど、そこにしかないから良いんじゃない」
「いやいや、安威川も茨木川も大したことないって。有名な橋も別にかかってないし」
「橋がどうとかじゃなくって、そういう自然を含めたシーンを良い感じに撮りたいんじゃん」
 私がどれだけ力説しても、一兄にはピンと来ないらしい。彼は延々とブツクサ言いながら、ハンドルを握っている。ただ、せっかくの日曜日に、サンデードライバーばっかりで中々動かない171号線を箕面方面目指して走らされているのは、お願いした私もちょっとだけ後ろめたい。
「ローソンの先で、171に行かずにこっちに曲がる、と」
 下井のバス停を過ぎた辺りで、左手の細い道に入ってもらう。細いとはいえ、バスが通れるだけの幅は十分にある。この先に、郡山宿本陣があるらしいけど、そのまま道なりに真っ直ぐ行ってもらう。
「このまま勝尾寺川渡ると、車止めるところないぞ」
「良いから、このまま行って。橋を渡ったところの、川沿いの細道が最高だから」
 バスで箕面方面、豊川駅の方を目指すとここでグッと曲がって、171号線Iに再合流する。バスに乗ってると一瞬しか見えないこの画角を抑えておきたい。
「道幅も狭いし、そんなに停めてられないって」
「じゃあ、私たちだけ降りよう。イイ?」
 一兄の回答を待たずに、ルームミラーで後部座席の哲朗さんに視線を送る。彼はちょっと疲れた目で頷いた。私は早速ドアに手をかける。
「分かったから、ちょっと待て。一瞬停めるから」
 一兄は車を少し歩道に寄せて、車を止める。私たちが降りるのを待ち、後ろから来る車に気をつけながら、再び車を走らせた。奥の信号まで行って、右折をするらしい。私は早々に視線を切り、右手に見える製紙工場、その奥に見える巨大な倉庫を視界に入れながら、左手の勝尾寺川、眼前の広大な空を画角に収め、何枚か写真を撮る。
 哲朗さんにもフレームに入ってもらい、再度映り方を確認する。フレームの中で背中を向ける彼は、撮影ボタンを押すごとに微妙に動いて、スマホを取り出した。彼は両手を口に添え、拡声器を作る。
「バス停前のセブンイレブンにいるって」
 171号線を茨木方面に戻ったところのセブンイレブンか。徒歩だとちょっと遠いじゃない。とはいえ、戻ってきてもらってピックアップってのも難しいと言うか、申し訳ない。哲朗さんがこちらに戻ってくる。一兄の車が辿ったであろう軌跡を、自分の足で追いかける。一兄はいつの間にか車を降り、コンビニでアイスを買ってお店を出てきた。
「え、自分の分だけ?」
 私が呟くと、彼は手元の袋をガサガサさせて、哲朗さんにアイスを差し出した。自分のアイスを咥えながら、私を見やる。
「お前の分はない」
 一兄は、自分のアイスを私に渡そうとする哲朗さんを制し、「それは君の分」と付け加えた。
「お前は自分で買ってこい。隣のマックにシェイクもあるぞ」
 一兄は、顎でマクドナルドの看板を指した。
 シェイクも魅力的だけど、向こうまで歩くのもちょっと辛い。哲朗さんに視線を送ると、彼は微妙に目を逸らし、買い与えられたアイスにかじりついた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。