11月15日(水)

 私はコートを着たまま、哲朗さんのモニターを、彼の後ろから見ていた。立ったまま、裾が暴れないように両手を左右のポケットに入れながら、動画サイトの分析画面をジッと見ている。
「爆発的に視聴回数が増えるとか、チャンネル登録者数が増えるとかはなさそうだけど、ジリジリと高評価、新規訪問者は増えてるね」
 先月の上旬に一度グッと伸びて、そこから急落するようなことはなかったけど、勢いそのものは一旦落ち着いたらしい。ジワジワと伸びているようには思うけど、数としてはそこまで多くない。
「パッと見て物凄く良くなった印象はないけど、コンマ何秒のカットの位置とか、数センチレベルでのアングルとか、着実に良くなってる。単純に、見ていて気持ちいい」
「本当に?」
 哲朗さんは「本当、本当」と頷いた。照明のコントロールとか、音声周りとか、とても細かいところを気にするようになって、一本一本のクオリティは上がっているという自信はあったけど、客観的な評価が得られてようやく実感が持てた。
「本当はもっと、エフェクトバリバリな動画とかもやりたいんでしょ?」
 哲朗さんは分析画面を閉じながら言った。
 チャンネルの方針というか、自分の見せたいもの、切り取って伝えたいものが合わないから、要所要所でピンポイントかつワンポイントでしかそういう表現は足せていない。
 気合の入ったアーティスティックな動画、エフェクトたっぷりのプロモーションビデオやミュージックビデオのオーダーがあればやれるけど、今の環境でそういう話は多分来ない。
「セカンドチャンネル作るとか、それ用のチャンネル作るとか、やってみる?」
 彼は私の方を見ながらも、さっきまでやっていた仕事用の画面を一番前に持ってくる。何もかも彼に頼ってやってもらう必要もないし、それ用のチャンネルを立ち上げるなら自分でやった方がいい気もする。
「でも、そんなチャンネル作っても続かない気もするんだよね」
 自分の勉強にはいいけど、自己満足の世界を出た「作品」に至ることは恐らくない。それを沢山作ってみたところで、誰にも見られないだろうし、誰かに見てもらいたくてやるような性格でもない。
「また、機会があればやってみる。今はまだ地道にコツコツ、かな」
「そっか。了解」
 彼はそう言うと、ちょっぴり手持ち無沙汰な様子で私を見ていた。私が「仕事の邪魔しちゃって、ごめんね。ありがとう」と言うと、彼は「ああ、じゃあ」と画面に向き直り、仕事に戻った。
「浪川さんは、今から京都だっけ?」
 いつの間にかこっちを見ていた武藤さんが声をかけてきた。私が「はい、先輩のプロジェクションマッピングを見に」と答えると、彼は「哲朗も行けばいいのに」と言った。
「どっかのライトアップのイベントだろ?」
 哲朗さんはモニターから顔を上げる。
「誰かの密命で、この間行きましたよ」
「あれは万博だろ? 今度は京都じゃん」
 そういえば、彼に頼まれてこの前の土曜日、万博の紅葉を見に行ったっけ。なんとなく落ち着かない雰囲気の中、ライトアップされた日本庭園を歩くのは中々楽しかった。哲朗さんは、武藤さんの圧に負けじと言葉を探している。
「学校関係の人がいるのに、一緒に行けないですよ。仕事もあるし」
「夏の撮影で、みんなももう知ってるんだろ? 仕事は別に明日でも大丈夫だし」
 武藤さんの口撃が止まらない。側から見ると、哲朗さんは段々余裕がなくなっているような気がする。
「どこぞの男に声をかけられても、知らないぞ」
「大丈夫ですよ。友達と一緒に行くんだよね?」
 哲朗さんが真剣な面持ちで私の顔をジッと見る。その真剣さがなんだか可笑しくて、やましいことは微塵もないのに視線を逸らしてしまう。それにちょっとヤキモキしているような哲朗さんを見ているのも、なんとなく面白くなってきた。
 イベントへ間に合わせるには、もうそろそろオフィスを出て駅へ向かわなきゃいけない。でも、こっちのやりとりももう少し見ていたい気もする。さぁ、どうする私。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。