7月16日(日)

 野村さんと芽衣は、娘たちを伴ってもう一回ローラーコースターのスタート地点へ帰っていく。何回目か分からないぐらい、何度も何度も繰り返し滑り降りている。
 最初に音を上げたらしい小野寺さんが、遠くで見守っていた僕のところへやってくる。僕は彼女にクーラーボックスから麦茶のペットボトルをとって差し出した。彼女はそれを受け取って日陰に入り、額から流れ落ちる滝のような汗をタオルで拭った。
「お疲れさん」
 彼女はかすれた声で「どうも」と言い、ペットボトルの蓋を開けて一気に半分ぐらい飲み干した。
「昨日はプールに行ってたんだって? 野村さんから聞いたよ」
 幼馴染みとはいえ、二日続けて友達母娘のお出かけに付き合ってやるなんて、いい人なんだろうな。小野寺さんはかなり疲れた様子でコミュニケーションもほどほどに、ベンチに腰を下ろした。蓋をしたペットボトルを額に当てて、随分暑そうにしている。
 僕は家から持ってきたプラスチックの団扇を取り出し、彼女に風を送った。
「ありがとうございます」
 僕はストックの団扇を差し出したが、彼女はやんわりと断って、自分のカバンから小さな扇風機を取り出した。百円均一でも買えそうな、電池で動くタイプ。文明の利器があるのなら、団扇はいらなかったか。
「首にかけるタイプも流行ったっけ」
「ありましたね、そんなの。でも、私にはコレが合うっていうか」
 小野寺さんの掌に収まっているそれは、少し年季が入っているように思えた。独特のブーンという小さな音が、僕と彼女の間を埋めてくれる。
 彼女は微妙な居心地の悪さも飲み込むように、もう一口お茶を飲んだ。遠くの方で点のように見える野村さんや芽衣の方へ視線を向けたまま、口を開く。
「で、どうですか、ヒイラギの方は」
 もうそろそろ2回目の冊子が刷り上がってくる同人誌のことを切り出した。聞いてきたのは紙媒体の仕上がりよりは、先行して掲載しているウェブメディアの方だろう。
「順調、とは言い難いかもね。伸び悩んでるというか、反応が思ったほどないというか」
 彼女や彼女の勤め先にも編集を手伝ってもらっているし、お母様に表紙の絵を頼んでいる手前、もっと部数が増えるような動きを取りたいところだけれども、メディアの作風や内容のせいか、どうにもこうにも手応えというものに乏しい気がする。
 今回も百部で刷ってもらったけど、大量の在庫を抱えるほどでもなく、増刷や初版を増やすほどの兆候があるわけでもなく。双方の編集長としては何かしたい気もするが、始めたばかりで右往左往するのもよくない気もする。
「濃い目の作風ですもんね。読み手も選びますし、ご新規さんをどんどん獲得するようなメディア、同人誌じゃないですよね」
 それにしたって、もうちょっと伸びてもいい気もしている。届くべき人に届いて、もう少し読み手のボリュームを確保できれば、具体的な次の手も考えられそうなんだけど。
 小野寺さんは滑り降りてくる野村さん母娘に手を振ると、椅子から腰を上げた。
「もう少し焦らず、このまま続けてみましょう。油断は禁物ですけど、焦りも禁物です」
 彼女は笑ってそう言うと、クーラーボックスから未開封のお茶を何本か持って日陰から日向に出て行った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。