2231(仮) 第三五話

仮面ライター 長谷川 雄治 2231(仮)→塔の見える街

 彼は積み上げられた荷物に身を隠しながら、通路の奥を覗いた。僕も、彼と入れ替わりに状況を確認する。場内の見回っぽいロボットが、周りに気を配りながらゆっくり歩いている。発見されているとは思えないが、ジリジリと近付いて来ているような気がする。

 見回りロボットは時々立ち止まってその場にジッと佇み、しばらくすると再び動き始める。駿はその動きを見て何かに気がついたのか、周囲を見回した。天井に備え付けられた監視カメラを見上げ、「そうか、アレか」と小声で言った。

「どうする?」

 僕が小声で彼に訊ねると、彼は僕の拳銃を握りしめ、ゆっくり自分の手の中に納めた。

「俺が撃ったら、場外を目指して走れ。全力でだ」

 状況や段取りを今ひとつ把握していない僕を尻目に、彼は頭上の監視カメラに狙いを定め、引き金を引いた。一発目は外側の防護ガラスを破壊できたが、レンズを破壊するには二発目が必要だった。二度の銃声が大きなフロアに響き渡る。

「ほら、走って」

 桂花さんに背中を押され、僕はようやく足を動かした。彼女に腕を引かれながら、市場の外へ出て、そのまま敷地に隣接する道路まで出た。目の前には川が流れている。中央市場の外に出て走る速度を落としていると、後からやって来た駿に追い抜かれ、すれ違い様に背中を叩かれた。

「気を抜くな。まだ追いつかれるぞ」

 彼は前を走っていた桂花さんも追い越して、また野生の勘で目に付く角という角を適当に曲がっていく。西棟の前を抜け、少しずつ西九条の方へ近付いていく。両側に木々が植えられている、細く曲がりくねった道に出た。通りの脇にある長椅子タイプのベンチや、植物の屋根ができている日陰棚、脇に停められた自転車を避けながら、しばらく道なりに走っていると、段々キツくなってきた。流石に桂花さんもしんどいらしく、走る速度が落ちている。早歩き程度に速度を落とし、地図をサッと見ると、すぐそこにコンビニがあるらしい。

 先頭を走っていた駿も、いつの間にかそれを見つけたらしく、曲がり角のところで足踏みしながら、僕らの方を見て、そちらを指差していた。何とか追いついて、彼が持ったままの拳銃を返してもらった。

「無理に、事を荒立てる必要ないんじゃないか」

 僕らはコンビニの駐車場の端っこで、注意書きが添えられているフェンス等に身を持たせながら、呼吸を整えた。カバンから水を取り出し、一気に飲む。さっきは給水する余裕も取れなかった分、水を得た身体からどんどん汗が吹き出してくる。

「やり過ぎてたら、後から怒られたらいいさ」

 駿は、僕の小言も特に気にならないらしく、あっけらかんとした様子で笑みを浮かべていた。彼は呼吸一つ見出すことなく、僕らに合わせて少量の水分補給を行った。

「しっかし、中々厄介だね。人や生活の中に溶け込む罠に、監視カメラとの連携や通信の逆探知とは」

 駿の言葉に、ちょっと驚いた。どちらかというと脳筋タイプ、野生児タイプだと思っていたのに、そこまで気がついていたとは。

「でも、あそこで一台壊したって」

「ーーああ、アレは注意を引く為にわざとね」

 駿は桂花さんの言葉を途中で遮り、自分がやったことを堂々と解説する。一瞬の時間稼ぎと、自分からおとりを担うためにやった行為なんだとか。そういえばあの時駿は、わざと目立つように通路へ躍り出て、僕らとは少し違う方向へ走っていた。

 それでもすぐに追いつき、足の遅い僕を追い越していく彼のパフォーマンスは、やはり頼りになる。僕みたいな運動音痴より、彼や桂花さんの方がこの手のミッションには向いている。

「うわ、マズイな。もう三時半じゃん」

 駿はケータイの時計を見て言った。僕はそれを聞き、再び地図を取り出して先ほど休憩を取った区役所と、現在の位置を確かめた。地図上ではほぼ目と鼻の先。一時間ほど無駄に浪費して、余計な遠回りをしただけになっている。あそこで事を荒立てずにそのまま進んでいれば、今頃隣の区には入れていた。

 ここでもう少しのんびりしていたいし、可能ならコンビニの中で涼んで行きたいが、区役所からそれほど離れていないということは、米利刑事達にお願いはしたものの、長居は禁物ということでもある。とりあえず、目の前に見える鉄道の高架をくぐってしまおう。

「大きな道路と駅前は避けて、ココを行こう」

 桂花さんと地図を見ながら、次の方針を決める。地図を指でなぞり、北港通の一本南にかかっている橋を指差した。桂花さんは「朝日橋ね。了解」と言った。

 例のテーマパークへ辿り着くには、この先に出てくる六軒家川を渡る必要がある。大きく北に迂回するルートなら川を避けられるが、無駄な迂回は十分やった。朝日橋より南にも何本か橋はあるが、もう一本南の橋は流石にちょっと細く、十分な逃げ場がなさそうだ。

 先の騒動があった場所から程々に距離を取り、適度に雲隠れしながら先を進むなら、今のところはこの道のりが無難に思う。駿にも同意を取り、大まかな進路を決定した。あとは実際に歩きながら、朝日橋へ辿り着く事を考えたい。

「よし、行こう」

 地図をしまい、コンビニの前から交差点を二回渡る。高架をくぐってすぐの角を左に曲がった。高架と住宅の間の細い道を道なりに西へ進む。この路線の高架沿いは、どこもこんな感じなのだろうか。ささやかなデジャブを感じながら、狭い路上に駐車された配送業者のトラックを避ける。

 それなりに背が高いマンションや、年季の入ったアパート、デザイン性の高い戸建に混じり、時々何の業種かよく分からない会社や工場、法律事務所みたいな看板も目につく。

 道が湾曲した辺りから見えなくなった高架が、久々に目の前に見えてきた。このまま道なりに行かず、右手の道に入る。さっきより時代を感じる背の低い民家が両脇に並び、先程の道より両サイドの建物から来る圧迫感が少々強い。途中の丁字路へ向けて、段々道幅も狭くなってくる。

「ここで一回曲がる?」

 一方通行を逆走する形になっていたところで、桂花さんが僕に提案してきた。僕はその意見に賛同し、丁字路で南に折れた。次に出て来た十字路をさらに右へ曲がれば、一方通行を逆走せずに済む。進行方向に、立派な病院が見えた。

 もうすぐ病院というところで道が途切れ、再び丁字路に出た。交通量を考えると、とりあえずそのまま渡るというのは厳しそうだ。

「右から行くか、左から行くか。信号はどっちも似たようなもんだけど」

 今度は駿が左右を見ながら言った。確かにどちらの信号、横断歩道もそれほど離れてはいない。右の方が若干近そうだ。一方通行の逆走が嫌で離れたのに、さっきの道に復帰する格好になった。渡った先には幸い、歩きやすそうな歩道があった。

 途中で休憩をとったコンビニの駐車場からここまでは、非常に順調だ。無駄に右に左に曲がったり、小さく迂回する要素はあっても、大きなトラブルもなく目標地点の川、橋がもう間もなく見えてくる。

 先ほど見えた大きな病院と、道路を挟んで隣接する介護施設の間を進むと、また高架が見えてきた。進路を確認したときに見た地図によると、今度のアレは私鉄の線路らしい。アレをくぐれば、すぐに朝日橋だ。

 線路を右手に見ながら、交差点を渡る。目の前の川にかかった橋に、ようやく辿り着いた。ここを渡れば、目的地までの要所がかなり減る。このまま道なりに進んで、北港通へ戻ってもいい。

 千鳥橋の駅、交差点が見えてきた。これで、北港通に交差した。この道に沿って西へ進めば、此花区役所、警察署に辿り着く。

「なんか、順調すぎて逆に怖いな」

 駿がボソッと呟いた。桂花さんも、「私も」と頷いた。

「この先に行くと、確か、高速道路にぶつかるんだよな」

 駿に尋ねられ、僕はカバンから地図を取り出して確かめた。北港通とほぼ直交する高速道路が確かに書かれている。この向こう、さらに海側を走る高速道路もあり、北港通と二本の路線、南に走る鉄道の間、それも向こう側の端の方に目的地のテーマパークがある。

「コレを超えると、大分近いな」

 駿は地図を見ながらそう言うが、近いと言ってもまだ最短で徒歩三十分以上ある。

「ココから本格的なゾンビゲームになるかもな」

 駿はニタニタと豪快に笑った。

 会議室で見せられた例の映像がどこから撮られたものかはまだ分からないが、近付けば近付くほど、例の兵器や実験動物と本格的に遭遇する確率は上がる。今まではかなり周到に練られた罠だったけど、なりふり構わず量で攻められる可能性もある。

「避難もある程度進んでるんだろ?」

「だったら、面倒なことはあんまり考えなくてもいいね」

 駿と桂花さんは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。一般市民に紛れた相手を見極める必要もなければ、被害や良心の呵責を気にする必要もなくなる。思いっきり戦える、遠慮なく身体を動かせるのが非常に楽しいようだ。

 彼らのように楽しむ心の余裕は全くないが、気を引き締めねばという心境にはなる。気持ちを落ち着かせるべく長く息を吐き、一足先に歩き始めた二人の背中を追いかけた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。