壊乱(仮) 第十三話

「それじゃあ、奥の部屋で少々お待ちください」

 カシムは僕らが署名した書類を持ちながら、隣の部屋を示した。説明を求めて彼の行く末を追いかけたが、彼は書類を持って奥へ引っ込んでしまった。このままここで待っていても、手続きは完了しないらしい。ドルトン、アレンを伴って、カシムに示された部屋に入った。中は先ほどの部屋より狭い代わりに、内装や調度品が豪華になっている。

 ローテーブルを囲むように配置された柔らかそうな一人掛けソファに、適当に座る。カシムか係員が入室するのを待ちながら、部屋の中に視線を走らせた。出入り口はさっきのドアと、職員、文官用の出入り口、もう一つ、どこへ通じるのか分からない扉があった。

 大人しく座っていればイイのに、ドルトンはソファには腰掛けず、立ち上がって部屋の片隅で、スクワットに励んでいた。

「黙って座ってろよ」

 アレンは苛立ちを隠さず、ドルトンへ文句をぶつける。ドルトンは涼しい顔で、「惚れた相手の身内に、みっともないところを見せられないってか?」と切り返す。それを受けたアレンは、「うるさいな。目障りだから、座れって」と声量で張り合うことしかできなかった。

「すみません、お待たせしました」

 カシムは、出納係と豪奢な箱を伴ってやって来た。移動式の金庫、財宝が入った箱のようだが、あまりにも重すぎるためか、出納係と二人係で台車を押してローテーブルの側までやってくる。

 さっきまで身体を動かしていたドルトンも、カシムに促されてローテーブルの側へやってくる。カシムは出納係に伝票を見せ、出納係は僕らの目の前で伝票に書かれた額をそれぞれ積み上げていく。金貨や銀貨、紙幣を織り交ぜながら、それなりの宝の山が三つも出来上がった。

 カシムはさっきの書類と、目の前に積み上げられた財宝の総額が相違ないことをそれぞれ確認すると、宝を持ち歩くための丈夫そうな布でできた巾着袋も添えながら、一人一人の前に宝の山を移動させた。

「先ほどもお伝えしたように、追加で必要になりましたら、皇太子を通じて申請してください。毎月初めに、申請された住所、ご実家へ送金する手筈になっております」

 カシムの説明を聞きながら、アレンは自分でも金額を確かめながら巾着袋へ、自分のお金をしまっていく。ドルトンは巾着袋の口を大きく開け、片っ端から豪快に詰め込んでいく。僕は目の前の山に少々気圧されながら、預かったお金を誤って紛失しないよう、丁寧に巾着袋へ納めていった。

 カシムと出納係が運んできた本体も重そうだったが、我々一人ひとりの報酬も、それなりに重量がある。これだけの存在感があると、窃盗や紛失が気になってくるのと同時に、それ以上のやる気が漲って来る。

 最初は一人で残していく父の暮らしが少しでも楽になればと思って口にしてみただけなのに、これはこれで別の効果がある。先払いの報酬を喜ぶ僕らを見て、カシムもなんだか嬉しそうだった。

「カーペンター工務店への人材派遣も受理できてますんで、手続きは以上ですかね?」

 カシムは、僕らの顔を見た。僕らはお互いに顔を見合わせ、「何か忘れていることはあったっけ?」と思考を巡らせる。パッと思いつくようなものがないということは、喫緊の困り事、お願いは片付いたのだろう。

 代表して僕が頷くと、カシムはローテーブルへ広げたものを出納係と片付けながら、ソファからゆっくり立ち上がる。どこへ通じるか分からない扉を指し示す。

「それでは、あちらの扉からお帰りください」

 カシムは出納係が移動式金庫を台車へ戻すのを手伝っている。

「なんで、あの扉から?」

 ドルトンは苦しそうなカシムに話しかけた。カシムは作業の手を休めることなく、「あそこを抜けると、一般兵と出会うことなく王宮の外へ出られます」と息も絶え絶えに答えてくれた。

「秘密の通路ってことか」

 ドルトンはカシムの背中を叩いて、「気が利いてるなぁ、お前」と豪快に笑った。彼に背中を打たれたカシムは、背中をさすりながら、「いえいえ」と苦笑いした。

「では、我々はこれで」

 カシムは出納係と呼吸を合わせ、台車を押して元の出入り口へ進んでいく。

「オレたちも行くぞ」

 ボーッとカシムを見送っていた僕を尻目に、アレンは謎の扉に手を掛けていた。彼は周りを気にすることなく、さっさと扉の奥へ姿を消した。ドルトンは、扉が自然に閉まる前にそれを掴み、アレンを追って向こうへ行った。僕は誰もいない小部屋で一人きりになる前に、ずっしりと重い巾着袋を腰に下げ、秘密の通路へ歩を進めた。

 薄暗く、やや湿り気のある通路を抜け、王宮の外へ出た。主に王族が安全に逃げ出すための通路らしく、出入り口も目立たぬ作りになっていた。一度出てしまうと、逆走、進入も難しく、扉も外からでは開けられない仕組みになっていた。

「まだ夕暮れ前か」

 ドルトンは周囲を見ながら言った。夕方と言うのも、まだ少し早い気がする。

「ちょっと早いけど、景気良く行くか?」

 彼はずっしり詰まった巾着袋を手の上で弄びながら、にんまり笑った。

「僕は遠慮しとくよ。盗られるのも失くすのも嫌だし、この間みたいになるのも嫌だし」

「オレもブレイズに賛成。こんな大金、酔っ払って失くしましたじゃ済まんだろ」

「じゃ、じゃあ、後で集合して」

「それも却下」

 アレンは食い下がるドルトンを、冷たくあしらった。さっき言い負かさなければ良かったのに、後悔先に立たずとはこのことだな。

「明日、酒を抜かずに集合したら、生きて帰るどころか、生きて出発すら出来んかもしれんぞ。姉ちゃんの怖さは、よく知ってるだろ?」

 彼はドルトンを脅かしながら、口三味線と見えない剣で、切り捨てる真似をする。こんなところでふざけて真似をしていると知ったら、アレンの方が命は危うい。

 明日の遅刻は絶対に許されないが、二日酔いや酒気帯びも厳禁だろう。アレンが言うような、即厳罰は流石にないだろうが、道中の嫌がらせみたいな懲罰はあり得なくはない。

 兎にも角にも、明日に備えた自主練や遠征の準備で時間はいくらあっても足りないはずだ。万が一を考えた家族との最後の時間も、無碍にはできない。今を楽しみたいドルトンの気持ち、ここで景気付けに騒ぎたい気持ちもよく分かるが、ここは心を鬼にして振り切ろう。

「パーっと騒ぐのは、出先でやろう。街を出てからの出費は全部、ネウロの奢りだし」

「それもそうだな。旅は旅で、目一杯楽しむのも悪くない」

 少し曇り気味だったドルトンの顔が、パァッと明るくなった。旅の目的を考えると、楽しむには程遠い血生臭さが漂うが、物見遊山をしっかり演出する、バカになる瞬間も大事だろう。アレンはやれやれとでも言いたそうだが、ドルトンの切り替えの早さは見習わなくては。

「じゃ、今日はここで解散だな。明日、現地集合で」

 ドルトンは自分で結論を出すと、一人で実家の工務店へ歩いて行く。アレンは「相変わらず、マイペースだな。あいつは」とボヤキながら、自分も一人で家に向かって保を進める。僕はここへ来る時に乗ってきた木馬を取りに、王宮をグルッと回って駐輪場へ向かう。

 しばらく街を離れるなら、この木馬もエマちゃんに返却すべきだろうな。駐輪場までアレンに同行してもらって、その場で返せば良かったと思いながら、後ろを振り返っても彼の姿は見えなかった。

 ブックマン書房で、返す返さないの問答をエマちゃんと繰り返した後、なんとか突き返して自宅に戻った。父が帰って来るまで剣を束ねて素振りや基本動作を繰り返した。仕事を終えた父が帰宅すると、夕飯を囲みながら、龍討伐の旅に出ること、国から三ヶ月分の報酬を受け取ってきたことを改めて伝えた。

 父は、寂しさ半分、嬉しさ半分といった様子だった。

「私の望みはただ一つ。とにかく、生きて帰れ」

 ただ一つとは言うが、それを成すにはやり遂げる他ない。我が父ながら、無茶なことを言う。僕は報酬がたっぷり詰まった巾着を、彼に差し出した。彼は受け取らず、そっくりそのまま突き返してきた。何度か同じことを繰り返すが、何度やっても「いらん」と突き返しては、首を振る。

「お前の金だ。お前が持ってろ」

「でも……」

「昨夜も言ったが、一人の稼ぎでも食って行ける。施しは無用だ」

 父の言い分は、半分は強がりだと分かっている。毎日潤沢な稼ぎがあるような仕事ではないし、常に仕事があるとも限らない。食いっぱぐれないように、多少の蓄えがあるのは精神的にも安心なはず。

「こんな大金、ズッと持って歩けないから、預かっておいてくれればいい」

 僕は半ば投げつけるように、父に巾着袋を押し付けた。中から一握りの金貨や銀貨を取り出し、自分の財布に詰め直す。父は、「そこまで言うなら」と巾着袋を彼の部屋へ持って行った。

 これでとりあえず、父の暮らしもしばらく安泰だ。兎にも角にも泥棒に気をつけるよう伝え、僕は早めに寝床に就いた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。