1月9日(月)

 Slackの雑談チャンネルを開いて、今日の予定を確認する。西宮へ向かうにはまだ早い。明朝の福男選びに向け、今夜から現地に前乗り。その後は歓迎会を兼ねた飲み会も開かれる。
「くじ引きした後はどうするの?」
 出かけるための身支度を万全に整えた沙綾が、スマホを触りながら言った。
「取引先のお宅に泊めてもらえる、だって」
「ふーん。じゃあ、手ぶらじゃダメだね」
「あ、そうか」
 持っていけるものが、何かあっただろうか。そういえば、晃が持ってきたヱビスの500mlがまだ冷蔵庫に残っている。クローゼットに突っ込んでおいたクーラーボックスを開け、スカスカな冷蔵庫から缶ビールを取り出しては詰めていく。運べる程度の量にとどめて、クーラーボックスの口を閉じた。
 壁の時計を見上げると、時刻は16時10分。ソファでくつろいでいた沙綾はスマホをカバンに仕舞うと、スッと立ち上がった。すぐ近くのコンビニにでも行くような、財布とスマホしか持っていなさそうな荷物だ。
「あ、もう行く?」
 流れるように玄関へ向かう沙綾に声をかけると、彼女は顔をこちらに向け、開いた手をひらひら振った。
「そっちも忙しいだろうから、見送りとかいいよ。一人で帰れる」
 せめて駅前のバス停まで、と言いかけたところで、彼女はこちらを見やることなく靴を履いた。「じゃあ、また連絡するね」と言い残し、ドアを開けて出て行った。

ーー東京でもニュースに映るよう、頑張って。無理は禁物。
ーーありがとう。そっちも気をつけて。

 すぐに既読が着いた。窓から下を見ると、駅の方へ向かうそれらしい背中が見えた。周囲を行き交うまばらな人影は背中を縮めて歩いているのに、沙綾はキビキビと人の間を抜けていく。
 空調の効いた室内ではピンとこないが、今夜は寒くなるかもしれない。貼るカイロの在庫も確かめておこう。なければ、駅前のコンビニか薬局を覗けばいい。
 沙綾の予定に合わせて一緒にバス、JRで新大阪まで見送っても良かったけど、僕の方が夜通しになるなら早すぎる、と彼女の方から断られた。シャワーを浴びて、身支度を整えてから行け、と沙綾に言われた通りの段取りをこなす。
 完全に身の丈オーバーの、一人では広すぎる4LDK。一人暮らしの部屋から持ってきた調度品を全て置いても、全く格好がつかない。家具も家具で安物なのが良く分かる。
 内装の件を晃に相談してみたが、沙綾と暮らし始めるまでに納得がいくレイアウトになるかは分からない。部屋を譲ってくれた彼女の母のこともあるし、一応「気鋭のデザイナー」でもあるし。「ここに住んでいること」をもっと活かす、演出することも考えないと。
 その辺りも含めて、今夜、社長に相談してみよう。
 立派な部屋には全く馴染まないスポーツウェアを引っ張り出し、替えの下着も持って脱衣所に足を踏み入れる。全く肌寒さを感じない脱衣所で、姿見を見ながら服に手をかける。鏡に映った中肉中背の自分の裸体に、怪我だけはしてくれるなよと念じてみた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。