1月19日(木)
彩都西から徒歩2分のマンションに住み、千里中央のデザイン事務所に勤務しているのに、平日の昼から茨木駅前の本通商店街で、ガストに入店するとは思わなかった。ランチタイムには少し遅い時間帯らしく、チラホラ空席も見られる。
目の前にソファ席に、何度目かのドリンクを取ってきた男子学生が腰を下ろした。メロンソーダを一口飲むと、テーブルに置いたMacを弄り始める。僕もここで一仕事しようか考えたけど、デザインを考えるには周りの目が気になりすぎた。
目の前の男子学生、哲朗くんはMacの隣に広げたノートへ、何かを書き写している。
「手書き派なんだね」
哲朗は軸の太いペンを止め、こちらをチラリと見て「ええ、まぁ」と曖昧な笑みを浮かべた。すぐにクリーム色の厚手の紙に目を落とし、メモの続きを太めの線で書いていく。罫線のないノートに、余白をたっぷり取っている。
「レポートの清書とか提出物は完全にコッチなんですけど、考えるときは手の方が良いというか、ペン先で考えてるというか……」
「書けるか否かより、書き心地が大事?」
哲朗くんはちょっぴり驚いたように僕をみる。書けたらなんでも良いコスパ至上主義の奴より、信用できる。まぁ、そもそもの育ちが違うか。でも、
「立派な親父に反発する俺たちがいると、下がしっかりするのも共通項か」
「え?」
「ウチは政治家なんて立派な家系じゃないけど、弟が家業継ぐって頑張っててさ」
哲朗くんは、「へ〜」と軽い返事をしながら、ペンにフタをしてノートに挟んだ。両手を膝の上に置いて畏る。
「家族は元気にしてましたか?」
「お父さんとはお会いしなかったけど、お母さんも妹さんも元気そうだったよ」
「そうですか……」
嬉しそうな表情を浮かべながらも、彼の声は少し沈んだ声だった。
「LINEしても、全然既読にならないって、妹さん怒ってた」
「こっちで好き勝手にやってるんで、メールもLINEも開きにくくって」
「そっちの方が気楽なら、それで良いんじゃない? その気持ちは、俺もよく分かる」
哲朗くんは、さっきの驚きよりやや強めの驚きを顔に浮かべた。
「帰りたくなければ、帰らなくていい。俺も似たようなもんだし」
実家を出てそろそろ丸3年。親父の顔を見なくなったのは、そこからさらに4年前。
「でも、会えるんなら後悔する前に会いに行った方がいいし、兄妹とはやり取りしておいた方がいいとは思うよ。もちろん、君が辛くなければだけど」
哲朗くんの顔つきが、ちょっとずつ変わっていくような気がする。社長も武藤さんも、コレを狙ってランチを段取りしたのか。二人とも、人が悪い。
哲朗くんのスマホに、リマインダーの通知が出た。もうそろそろレポート提出の期限らしい。哲朗くんが荷物を片付けている間に、二人分の伝票を摘む。視界の隅で身支度が整うのを気にかけながら、さっさと支払いを済ませてしまう。念のために、領収書をもらっておく。
お店を出たところで財布を出そうとする哲朗くんに、いらないと手で合図する。
「なんか、色々とすみません。ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。それより、早く行きな」
哲朗くんは元気に「失礼します」と頭を下げ、自転車を止めた場所へ小走りに駆けていく。今回のランチ代、ちゃんと経費で落ちるのか。それを考える僕の横を、自転車に跨った哲朗くんが軽い挨拶を寄越しながら通り過ぎた。