7月19日(水)
「兄貴が帰って来てから半年か。あっという間だな」
目の前で妙に親父くさく枝豆を摘む弟は、話し振りもなんとなく年寄り臭い気がする。ついこの間酒が飲める年齢になった程度だろうに、周りの環境がそうさせるのだろうか。
「あっという間に年末だって言ってるよ、きっと」
晃は渋い表情を浮かべ、「それはヤバいな」と言った。
「こういうところで管巻いて、時々同窓会やって、友達がだんだん結婚していって、自分も何となくで結婚して、子供が生まれて」
「ま、その他大勢のオレはそんな人生だと思うけどね」
「その他大勢で、家業継げるのか?」
晃は話の途中で通りがかった店員を呼び止め、生ビールのお代わりを注文した。顔馴染みの店員か、友達か、仲良さそうにやりとりをすると、僕の方に向き直った。
「その話は、また今度」
「いつ切り出されても、オレは継がないからな」
「分かってる、分かってる。今日はただの飲み会だって」
「友達が捕まらないからって、仕事終わりの兄貴を呼び出さなくてもいいだろう」
晃は顔の前で両手を合わせ、「悪ぃ、悪ぃ」と小さく頭を下げた。
「しっかし、兄貴も大変だな。例の映画」
晃の口振りからすると、今日の瑞希もパワフルだったらしい。体力が有り余っていそうな晃でも、疲れた表情を浮かべていたのはそれが原因か。瑞希も同席すれば良かったのに、まだ作業が残っているからと武藤さんのオフィスまで送って別れたらしい。
「晃の夏も瑞希に捧ぐ、か」
「水曜日か日曜日限定でな」
晃は乾いた笑みを浮かべながら、届いたばかりのビールをグッと呷った。僕も釣られて笑い声が零れる。
「家族旅行なんて歳でもないし、友達と遊びに行こうにも休みが合わないし。1日ぐらい、海かプールは行きたいけど、一人で行ったってしょうがないし」
晃の今の職場的にも、華がある気配はなさそうだ。
「ウチのフットサル部に入れてもらうか?」
デザイン会社のなんちゃってフットサルだけど、多少の出会いはなくはない。人数が足りないとは聞かないが、一人ぐらい外野が参入しても問題はないだろう。
晃は少し考えてから、「再来月以降かな」と言った。
「フットサルはフットサル、夏は夏。暑すぎる時期に走り回るのはちょっとね」
中学までサッカー一筋だった男とは思えないセリフだが、彼の言い分も分からなくはない。
「夏にしかできないことを先にやってから、フットサルかな」
「OK、OK。秋から行けるか、話だけ聞いとく」
僕はスマホを取り出し、念のために自分宛に「晃、フットサル、打診」とメッセージを送った。リマインドの設定は後でいい。ついでにカレンダーを見ると、会社主催の納涼会だの、BBQだののイベントも入っている。若い子が来ると断言はできないけど、意外とあの社長は人脈が広い。この辺りも誘ってみるか。
顔を上げると、晃は「すまん、トイレ」と席を立った。道中でさっきの店員さんにちょっかいをかけながら、店奥のトイレへ姿を消す。あいつはあいつで案外、上手にやってるのかもしれない。
戻ってきてからどんな話をしようか考えながら、メニューを手に取った。