8月19日(土)

 モノレールを降り、連絡通路を渡って、次の電車が来るのを待っている。特別に急いだつもりはないのに、立ち止まった瞬間からドッと汗が吹き出してくる。弱冷車で一駅乗っても大した効果は得られないだろうけど、宇野辺で降りて阪急茨木まで延々と歩くことを考えたら、こっちの方が断然マシだ。
 もうそろそろ夕方といってもいい時間帯だろうに、まだまだ陽は高く、気温も湿度も一向に落ちる気配がない。乗り継ぎまでまだ2、3分あるのなら、道中のコンビニで何か買えば良かった。ホームを見渡しても、自動販売機までが遠く感じる。
 ポケットからハンドタオルを取り出して一人で汗を拭っていると、ここまで一緒に帰って来た哲朗くんが、黄色い炭酸水を買って戻って来た。間もなく電車が入ってくるアナウンスが流れたが、僕は目の前に差し出されたペットボトルを受け取って、思う存分に水分を身体の中に流し込んだ。一回で半分ぐらいがなくなってしまった。
 哲朗くんは哲朗くんで、もう一本買っていたらしく、軽く二口ほど飲んで電車に乗り込んだ。僕は慌てて蓋を閉め、彼の後に続いて乗る。向かいのドア前まで進み、ポケットに手を突っ込んだ。
「買い出しさせたみたいで、ごめんね」
 小銭を探ってみても、十円玉は切れている。百円玉を二枚摘んで、哲朗くんに差し出すものの、彼は「いいんです」と受け取らなかった。
「今日一日付き合ってもらいましたし、新田さんにはお昼も出してもらったんで」
 そういえば、エキスポシティでのお昼は新田さんが出してたっけ。
「学生が遠慮するなって」
「いやいや、数百円なんで」
 哲朗くんは、頑なに受け取ろうとしない。「じゃあ、遠慮なく」と小銭をポケットに戻した。窓の外の青々とした風景を眺めていると、あっという間に隣の駅に着いた。茨木市駅のホームから、改札階へ降りていく。
「じゃあ、この後奢ろうか?」
 駅前商店街で、瑞希や沙綾と飲む予定になっている。この後の予定も聞かずに誘ってみると、彼は申し訳なさそうに「行きたいのは山々なんですけど、先約がありまして」と自分の荷物を大事そうに抱えながら言った。
「瑞希も来るのに?」
「残念なんですが……」
 彼と横並びで改札を通り抜けた。目の前のエスカレーターで下へ降りる。
「そっか。じゃあ、また今度だ」
「すみません。僕のワガママに付き合ってもらって」
 哲朗くんは丁寧に頭を下げて、西側出口へ歩いて行った。僕はそれを見送りながら、東中央商店街の方へ足を向ける。スマホを取り出して時刻を確かめるものの、待ち合わせの時間にはまだ少し早い。いつものビアスタンドで一杯ひっかけるか、駅に戻って喫茶店か本屋に入るか。とりあえず、手元のペットボトルを飲み切ってしまおう。
 通路の端に寄って、スマホを眺める。新田さんから、「今日はありがとう」とメッセージが届いていた。どうやら向こうも家に着く頃らしい。「また月曜日から、よろしくお願いします」と返事を出し、社内連絡用のチャットツールを立ち上げた。
 次の木曜日に、「新田さんの誕生日」という連絡が入っている。しまった、何も用意していない。新田さんも新田さんで、一言言ってくれればいいのにーー。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。