11月24日(金)
事務所に届いていた印刷物を、直帰ついでに義母の仕事場へ持ってくるだけのつもりだったが、何故か小包の梱包を手伝っていた。大事に持ってきたクリスマスカードと、年明け早々のホームパーティの案内チラシは、九割近くがその小包の中に納められていた。
僕は最後の一つの封を閉め、机の一角に置いた。郵便ポストに投函できるサイズよりは一回り、二回りほど大きく見えるが、両手で抱えて持つようなサイズではない。ただ、三つずつほど重ねて置くと、それなりのボリュームに見える。
「結構な数ですね」
朋子さんが入れてくれたお茶に口をつけながら僕が言うと、彼女は何も言わず、曖昧に微笑んだ。
伝票は今から一つずつ貼ると聞いたときは、気が遠くなりそうだった。それを物ともせず、丁寧に一つずつやり切る気持ちがあるから、長年愛されるサロンのオーナーをやれるのだろう。
僕がボーッと小包の小さな山を見つめている間、朋子さんは僕が持ってきたチラシをジッと見ていた。印刷前の決定稿でOKはもらっていたものの、改めて「女帝」にじっくり検品されると背筋が伸びる。
沈黙に耐えかねて、僕も残っていたチラシを一枚手に取った。四年ぶりのホームパーティ、作っている時からずっと目に入っていたはずなのに、やっと日付が目に留まる。
「あっ、この日」
「ああ、気にしないで。分かってるから」
朋子さんは笑いながら、手にしていたチラシをテーブルに置いた。自分のカップに、ポットから紅茶を注ぐ。
「オタクのボスにも言われたんだけどね。決めちゃったものは、しょうがないじゃない」
笑いながら軽い口調で言うものの、どこか突き放すような印象もあった。その凛というか、ツンとした言い方に、沙綾との繋がりみたいなものも感じる。そういうところに振り回されながらも、最後まで付き合ってしまう社長に、同情や親近感を抱かざるを得ない。
「この間から、何回もすみません」
彼女の誕生日も、納期の直前でスケジュールを合わせられなかった。来月のクリスマス会も、先約があって都合がつかなかった。今度こそはと思っていたのに、結局年始のイベントも「仕事優先」になることが確定した。
朋子さんは「ああ、いいのいいの。何にも気にしないで」と言った。
「私のことなんか気にしないで、あなたたちはあなたたちで良いようにして頂戴」
僕がこっちへ戻ってくる時も、同じ調子、同じ口調でそう言われて、元々の住まいを僕と沙綾のために明け渡してくれた。その出来事からも、ほぼ丸一年。バタバタだった去年の年末からもうすぐ一年か。
「それで、どう? 慣れた?」
朋子さんが、ちょっぴり意地悪そうな表情を浮かべて訊いてきた。
「おかげさまで、何とか」
「そう。それは良かった」
朋子さんはまだ何か言いたそうな様子で、口元に笑いを浮かべながらお茶を飲む。追求のためのトゲがない言葉、失礼のない表現を必死に考えていると仕事用のスマホがポケットの中で震える。通知は、事務所からの電話だった。
朋子さんに「すみません」と断ると、彼女はどうぞ、とジェスチャーで出るように促してくれた。お言葉に甘えて電話に出る。電話口の向こうは、「まだ仕事が残ってる」と叫ぶ社長だった。
「分かりました。今すぐ戻ります」
急ぎの仕事は一通り終わらせたつもりだったけど、チェックが甘かったらしい。出来ればこのまま直帰したかったけど、定時にはまだ余裕がある。オフィスへ戻って、素直に残務と向き合おう。
僕は、同情の目を向けてくれている朋子さんに、オフィスへ戻る旨を伝えた。そんな目をしないで欲しいと思いながら、淹れてもらった残りのお茶を飲み切った。