12月22日(金)
立派な一本木のカウンターで、哲朗くんと横並びに座ってビールを飲んでいる。久しぶりにココへ来てみると、彼は以前の反応が嘘のようにどんどんビールを飲み、次の銘柄をどうするか、店員さんと話し合っていた。
僕は目の前にいる調理担当らしいスタッフの動きを観察していた。一朝一夕に真似できるものは一つもないとして、無駄のない動きや段取りの確かさは、見ていてとても気持ちがいい。
プロフェッショナルな仕事に自分ももっと頑張らなきゃなと感化されていると、話し終えた哲朗くんが次の銘柄を決めてオーダーした。苦味が強く、アルコール度数も高いタイプらしい。
「珍しいね」
以前はもっと甘味が強そうなフルーティなタイプとか、色味がちょっと変わっているタイプを頼んでいたような気がする。哲朗くんは男らしい表情で、「そろそろ、そういうのに挑戦しようと思って」と言った。
「焦って無理しないほうがいいぞ」
「別に、無理してないですよ」
彼は店員さんが運んできたグラスを受け取り、早速一口飲んだ。苦味が強いのか、さっきまでの強がりが嘘のように、一瞬顔をしかめた。
「ほら、言わんこっちゃない」
「想像より、苦かっただけですよ」
彼は頑なに強がって、もう一口飲んだ。やっぱり苦そうに見える。僕も次は、同じ奴にして、味を確かめてみようか。
哲朗くんがオーダーした銘柄を、手元のメニューで確かめていると、彼はお口直しにポテトサラダに箸をつけた。一口食べて、ビールを飲む。今度は平然を装っていた。
「君は、明日行くんだよな?」
僕が急に話題を振ると、彼は一瞬「明日?」と呟き、「ああ、朋子さん主催のクリスマス会ですよね?」と言った。
「一輝さんは欠席でしたっけ」
「納品と、取引先の忘年会があるからさ」
年内ギリギリの仕事をなんとか片付けて、明日の納品に間に合ったのは良かったけど、そういう日に限って朋子さんのイベントが入っている。
「うちのボスは出席するのにな」
「お誕生日もお祝いに行ってたんですよね? 凄いなぁ、安藤さん」
「本当にな」
似たような仕事をしているはずなのに、自分より仕事の多い立場でありながら、朋子さんのことは絶対に外さない、不思議な人。今度、仕事のコツを聞いてみよう。でないと、義理の息子候補の立場も危ぶまれる。
「で、細やかなお願いなんだけど、沙綾の写真、お願いできないかな?」
明日のクリスマス会で、みんなとダンスを披露すると言っていた。サンタのコスプレで瑞希と共に踊る沙綾をこの目で見れないのが残念で仕方がない。僕の内なる熱情が届いていないのか、哲朗くんは頭に疑問符を浮かべたような表情でこちらを見ている。
「記録係もするんで、写真も動画もバッチリ撮って来ますけど」
「それはそれとして、君の個人的な記録としてさ」
コレまでもダンスの記録や、各種イベントの公式記録を担ってきたのは分かっている。広報、プレスっぽい記録でない半分プライベートな物を期待しているのだけれども、彼は今一つピンと来ていないようだ。
「瑞希のサンタコスとか、記録係の仕事だけで良いのか?」
僕がそう言うと、彼は微妙に表情を変えた。
「そういう写真を、沙綾の分も撮って欲しいだけだよ。アングルとかシチュエーションとか、全部任せるからさ」
哲朗くんは神妙な面持ちで頷いた。これで、今夜の取引は成立だ。あくまでも、健全なイベントの健全な一瞬を切り取ってもらうだけ。コレで、明日の仕事も頑張れるーー。