12月31日(日)午前8時

 レンズが大きいサングラスを掛けていた沙綾は、さっきまで付けていたカバのマスクを脇に置いて、アイスコーヒーを飲んだ。僕はそれを見ながら、ホットコーヒーを啜る。
「次が、25分発だっけ?」
 沙綾の問いに、僕はスマホで探し当てた時刻表を見ながら頷いた。
「7番のりばだって」
「30分ぐらいか。結構長いな〜」
「目の前で行ったところだから、仕方ないさ」
 哲朗くんの家を出てから、阪急の駅前じゃなくて、JRを目指して歩いてきたのがよくなかったらしく、タイミング悪く目の前でバスを逃してしまった。あと5分早く出ていれば間に合ったのに、その5分が起きれなかった。
 沙綾はまだ眠そうな顔をしながらも、スッとした姿勢でコーヒーを飲んでいる。
「乗る前にトイレには行きたいけど、どこだっけ?」
「確か、あっちのビルの中じゃなかったっけ」
 僕は指で、そこまでの道を差した。このまま、2階のデッキを渡って行った途中、右手のビルに入ったら男女それぞれのトイレがあったはず。東出口の方にもいくつかあった気がするけど、どうせバス乗り場は西側なんだし、距離的にも大して変わらないんだから、西側に行けばいい。
「そうすると、もうちょっと早く出なきゃダメ、か」
「10分ぐらいは見ておいた方がいいかもな」
「りょ〜かい」
 沙綾はそう言いながら、再びコーヒーに刺さったストローへ口をつけた。僕もスマホで時間を確かめながら、思ったほど時間がないと思いながら、コーヒーを飲む。
「バスで一回帰るでしょ。それから〜」
「シャワーを浴びて、仮眠を取ろう」
「寝なくてもいけるって」
「いやいや、二時間ぐらいは寝た方がいいって」
 沙綾は不満そうな声を上げる。哲朗くんの家で少し横になりはしたが、睡眠が足りているとは思えない。二日酔いというほどの症状もないものの、バスに乗ってから降りるまでの間に寝たとしても、半日ぐらいは満足に動けないだろう。
「午前中しっかり寝て、それから動いた方がいいって」
 沙綾はなおも、「えー」と抗議する。バスがある間に帰ろうって何度も言ったのに、始発で帰るとダダを捏ねたのは誰だったっけ? ついつい意地悪を言いそうになり、言葉を押さえ込んだ。
 どう説得するか考えているうちに、スマホが震えた。さっき設定したアラームが作動したらしい。カップに残っているコーヒーを慌てて飲む。沙綾はマイペースにストローでくるくるとコーヒーを混ぜている。
「もう動かないと」
「え、そんな時間?」
 沙綾は僕に「慌てすぎだよ〜」と笑って言った。確かに余裕は多めに見ているけど、次のバスを逃せば一時間以上待たなきゃ行けない。僕は沙綾のコーヒーに口をつけて、一気に飲み干した。お腹に冷たいものが入ってくるのを感じながら、グラスとカップを返却口へ運んだ。
 僕がバタバタしている間に、沙綾はマスクをつけてカバンを持った。僕が「行くぞ」という前に彼女の方から先に店を出た。
 トイレによって、7番のりばへ戻ってくるまで、ほとんど余裕はない。少し足早に沙綾の手を引いて、デッキの上を歩いた。沙綾が無理なくついて来られる速度で、例のビルへ向かう。
 ちゃんとついて来られているか、不意に振り返って確かめると、沙綾は楽しそうに笑っていた。変な女に引っかかってしまったもんだなと思いながら、その変なところをこの上なく可愛いと思ってしまっている自分も、とことん変なんだろうな……。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。