8月11日(金)

 朝食を終え、早々にテレビの前で遊び始める亜衣と、隣でそれを見ている映美。私は食器を洗いながら、いつもよりエンジンの掛かりが悪そうな夫を眺めていた。彼はボサボサの寝癖を気にすることなく、ぼんやりとテレビや子供たちの方へ目を向けている。
「本当に、迎えに来てもらわなくてよかったの?」
 目の前で流れる水の音に負けないよう、少し大きめの声で言った。彼は頷いて、ゆっくりと振り返った。大きな欠伸をしながら、「僕が運転するよ」と答えた。
「最近、雄輔くんに頼ってばっかりだし。帰りは電車って訳にもいかないし」
 実家までの送り迎えぐらいなら、雄輔は喜んでやってくれると思うけど、彼なりに何かが引っかかっているのだろう。
「無理してない?」
 彼は自信たっぷりに「大丈夫」と言った。私とのやり取りで多少は血が回るようになったらしく、徐々にいつも通りの彼に戻ってきた。私は彼に新しいコーヒーを入れる。彼が「ありがとう」とゆっくりそれを飲む間に、子ども達を洗面所に誘導して歯磨きを済ませた。リビングに戻ると、今度は二人とも子供番組に釘付けになり、テレビの前で大人しく座っている。
「じゃあ、今パパッと入ってくる」
 康徳さんはコーヒーを飲み切ると、カップを流しに置いて風呂場へ向かった。しばらくすると、シャワーの音が聞こえてくる。
 時計に目をやると、まだ八時を過ぎたところ。今から準備して九時過ぎ出発は流石に早すぎるけど、必要なものぐらい整理しておいてもいい頃合い。お盆のお供えと、道中の子供たちの水分、あとはいつものお出かけセット、と。酔い止めの薬も出しておかないと。
 さっきまで朝食が並んでいた食卓に、荷物がどんどん固められていく。今回はパパッと日帰りだから、いつもより量は少ない。トローチタイプの酔い止め薬も、カバンの横に添えておく。
 実家近くの駐車場も探しておかないと。牧人も車で来ると言ってたし、実家の空きスペースはそっちに譲ろう。雄輔がもう起きていることを願って、彼に「駐車場、どこかあったっけ」とLINEした。自分で変に検索するより、彼の方が詳しいだろう。すぐに返信がなくても、向こうへ着くまでには何かしら返事があるはず。
 シャワーの音が聞こえなくなると、今度は電気シェーバーの音が聞こえてきた。私は流しに残っていた食器を洗い、食器乾燥機のつまみを回した。康徳さんは、髪もしっかりセットし終えてリビングに戻ってきた。
 彼は私に、「どうぞ」と洗面所の方を示した。私は「ありがとう」と返し、「子供たちお願い」と伝えて洗面所に移った。目元だけ簡単に化粧して、ボサボサの髪へ櫛を入れ、少しだけ整えた。
 リビングに戻ると、康徳さんは外行きの格好に着替え、子供たちと楽しそうに遊んでいた。
「牧人くんへの誕生日プレゼントとか、買って行った方がいいの?」
 彼は地図アプリを見ながら言った。私は首を振りながら、「いらない、いらない」と答える。
「了解。じゃあ、混むつもりでボチボチ行こうか」
 康徳さんはトイレに向かった。私は亜衣と映美に酔い止め薬を舐めさせ、食卓の荷物を玄関に運んだ。康徳さんがトイレから出てきたら、順番に子供達と私のトイレを済ませて、外に出る。道中の段取りもなんとなく頭の中に描き、指を折り曲げながら一つ一つ確かめた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。