9月20日(水)
食後のコーヒーを味わいながら、お腹を落ち着かせる。子供たちを旦那に任せて、外でゆっくりランチを摂るのはいつぶりだろう? 子供のことを気にしないで、食事に集中できるのはとてもありがたい。
「さて、と。そろそろ、例のものを」
向かいの席に座っている敬子さんは、隣の座席に置いたカバンを探り、中身が見えにくい色の四角いビニール袋を取り出した。テーブルの上に置いて、品物を押し出した。前回は、わざわざテーブルの下に手を回してやり取りしたっけ。
私はそれを受け取り、小さく開いて隙間から中身を確かめる。
「確かに」
私はそのままカバンの底の方に、慎重にビニール袋を仕舞った。
「いつも急な呼び出しでゴメンね」
「敬ちゃんのせいじゃないから、気にしないで」
彼女の方が忙しいはずなのに、毎回、入念に根回しをして時間を作ってくれる。定期的にこうやって呼び出してくれるおかげで、お昼時に外食もできている。
「新しい職場はどう?」
「一言で言うと、まあまあ。可もなく不可もなくってところかな」
前の職場を辞めて、しばらくは資格を生かして友達のお手伝いもしていたらしいけど、結局、先月の頭から看護師に復帰しているのだとか。
「そっちはそろそろ、第3号が出るんじゃないの?」
「今回は思い切って、500部刷るんだって」
敬子さんは「へー、一気に500?」と目を丸くした。スモールスタートで始めたはずなのに、少しずつ部数を増やすはずが、アクセスの増加も鑑みて思い切って増やすことを決めたらしい。
「でも、芽衣さんのフォロワー、1万とか2万とか居るんでしょ?」
「私の場合、長いことやってるだけだから」
義理の妹の手前、夫を立てて謙遜してみるものの、執筆者の認知度や作品のクオリティーを鑑みると、もう少し思い切った勝負してもいいんじゃないかとは思う。
「でも、数千部とかになってくると他の仕事はやりにくくなるか」
「あ~、それはあるかもね」
ウェブ制作の仕事とか、コンサルティングの仕事なんかは減らさないと厳しくはなる。本人も作家の一人として関与したいだろうけど、それも辞めて編集や営業活動に専念せざるを得なくなるかもしれない。
「可哀想な気もするし、思い切って一本に絞っちゃう方がいい気もするし、難しいところだな~」
そっちを選んだ方が経済的にも安定するだろうし、ヒイラギに込めた想いも達成しやすくなるんだろうけど、「作家の彼」がもっと活躍するところ、大きくなるところを見たい気もする。
「そうそう、一本に絞るといえば、いよいよ姉さんが腹を括ったんだって」
「本当に?」
敬子さんは首を縦に振った。
「年内か、年明け早々には退職して、自分のお店に集中するんだって」
いきなり自分のお店を構えるには至らないとしても、今までの取り組みで少しずつファンも獲得して来ているみたいだし、宿借りとかを経て、一国一城の主になる日も遠くはないのだろう。
「やっぱりお兄ちゃんも、」
「一つに絞った方がいいのかな~」
本人の意向が最優先には違いないけど、背中を押すべきか、相談ぐらいはするべきか。コーヒーの苦味と共に、悩ましい気持ちを飲み込もう。