10月5日(木)
自転車を押しながら、香織さんと沢良木辺りの大通り沿いを歩いている。十月に入り、陽が落ちるのも段々早くなっているらしく、目の前はすっかり夕景っぽい色が広がっていた。
「なんか、ゴメンね。荷物持ちもしてもらったのに、啓とも遊んでもらっちゃって」
香織さんは僕の少し前を歩き、後ろを振り返りながら言った。彼女の案内で、最寄りのコンビニまでやってきた。最寄りとは言いながら、さっきまで遊んでいた公園からはそれなりに歩かされた気がする。とはいえ、そんなことを香織さんに訴えたところで、彼女はさっきと同じ調子で「ゴメンね」と言うだけだろう。
僕は自転車を駐輪スペースに停め、鍵をかけて香織さんと共に店内へ入った。まだ微かに熱を持っている身体に、程よい冷房が心地いい。
香織さんはスタスタと脇目も振らず、ドリンクコーナーへ歩いていく。僕も慌ててそれに付いていく。
「どれにする?」
普段はあまり来ないローソンの品揃えに目移りしていると、香織さんは「こっちの方が良かった?」と隣接しているお酒のコーナーを指さした。
僕は「いや、こっちでいいですよ」と、いつもとは違うメーカーの無糖の炭酸水を選んだ。期間限定のフレーバーでもなく、特保のものでもない、スタンダードな奴。ペットボトルを手に取ると、香織さんは「全然、冒険しないんだ」と僕から商品を受け取った。
「他にも何かいる?」
彼女がいう「何か」とは、お菓子やホットスナックの類を言っているのだろう。小腹が空いた気もするが、それはそれで、じっくり時間をかけて選びたい。僕は「いや、それだけで」と答えると、「本当に君はつまんないなぁ」と笑いながら、レジへ向かった。
僕が香織さんの後ろに並ぼうとすると、彼女は手を振って「先に出てて」と言った。僕はそれに素直に従い、先に大通りへ面している外へ出る。大きなトラックがたくさん止まっている駐車場を眺めながら、香織さんが出てくるのをジッと待った。
「お待たせ」
香織さんは袋ももらわず、シールを貼っただけのペットボトルを僕に差し出した。僕は「ありがとうございます」と受け取り、早速開けて一口飲んだ。喉の渇きが若干マシになる。
「で、お母さんの感触はどうだったの?」
香織さんは僕の隣で腕を組んで立っている。僕は炭酸水をもう一口飲む。
「上坂さんは、お眼鏡に適ったのかって聞いてんの」
香織さんに言われるまで忘れていたけど、上坂さんと母とのファーストコンタクトはちょうど先週の出来事だったっけ。武藤さんは同じ会場にいたけど、香織さんにその辺の話までは伝わっていないのか。
「どうなんですかね。僕にはよく分かりません」
当日、ずーっと上坂さんと共に居た訳ではないし、母が出席者とどんな話をしていたのかも、全然見ていなかった。直接自分で引き合わせ、紹介したような気はするけど、あれは結局、武藤さんにやってもらったっけ?
その時の細かい反応も、あんまり覚えていない。先週の話だというのにほぼ記憶に残っていないということは、大したハプニングもなかったのだろう。
「じゃあ、今のところはやっぱり瑞希さんだ」
「な、何が?」
「も〜、分かってんでしょ」
香織さんは強めに僕の背中を叩いた。僕は炭酸水を吹かないように口を閉じ、ペットボトルから零さないように身体を動かした。香織さんは一人楽しそうに笑うと、「じゃあ、今日はありがとね」と言い残し、僕に背中を向けて歩いて行った。