11月28日(火)
「彼女ができてから、初めてのクリスマスだな」
武藤さんは、やけに楽しそうに言った。嫌味すら感じるそのニヤニヤ顔に、初めて軽いイラ立ちを覚える。この人にイラつく日がやってくるなんて、こっちで一人暮らしを始めた頃には想像もつかなかった。それだけ、濃い関係が出来ているということだろうか。
こっそり息を吐いて、イライラも外に吐き出す。気持ちを整えて言葉も探している間に、目の前にいた一輝さんが口を開いた。
「イルミネーションとか、見に行ったりしないの?」
「それが、この間一人で行かせちゃってんだよ」
「えー、マジですか?」
僕のリアクションを待たずに、武藤さんと一輝さんの間で盛り上がっている。そっちがそのつもりなら、僕は何も言うまい。黙ってビールを傾け、段々慣れてきた強い苦味にささくれ立った心をなだめてもらう。
「そう言う一輝くんは、どうすんの? 並のクリスマスじゃ、あの娘は満足しないでしょ」
「そうなんですよね。でも、ギリギリまで仕事じゃないですか」
「確かに、今年のカレンダーはなかなか意地悪だよね」
来月のスケジュールまでハッキリと把握してなかったけど、彼らがそんな風に言うと気になってくる。スマホを取り出して、12月のカレンダーを確かめる。最後の二週間が大変なことになっていた。
「24日が日曜日っていうのも、ね」
一輝さんが武藤さんに同意を求めると、彼は大きく首を縦に振り、「そうなんだよ」と強い同意を示した。
「幸い、うちは中学生と高校生だからいいけどさ、香織のところとか大変だろうな」
今度は一輝さんが小刻みに何度も頷いて、「あ〜、確かに」と呟いた。
「クリスマス会を別途やるらしいけど、それはそれとしてって感じだろ?」
武藤さんは「なぁ?」と今度は僕に同意を求めてきた。僕は曖昧に笑いながら、ビールに口をつけた。それを見ていた一輝さんは、残りが少なくなっていた武藤さんのグラスを指して、「次、何にします?」と訊ねた。 武藤さんはカウンター横のメニューボードをその場から見て、「う〜ん、同じのかな」と言った。僕の顔を見て、「お前は?」と言う。
「僕は、まだいいです」
「じゃあ、それで」
武藤さんが一輝さんにそう伝えると、彼は「了解です」と財布を持ってカウンターへ行こうとした。武藤さんは彼を呼び止めて、自分のカードを彼に渡す。二人の間でどっちが出すのかしばらくやりあった後、一輝さんが折れて武藤さんのカードで二人の代金を支払っていた。
「で、義理の兄貴としてどうよ」
カウンターの前で新しいビールが注がれるのを待っている一輝さんの背中を見ながら、武藤さんが僕に言った。
「仲良くやれそうなのか、そうじゃないのか、どっちか訊いてるんだよ」
「義理の兄貴云々は分かりませんけど、ギスギスはないですね」
僕も一輝さんの方をジッと見ていると、グラスを二つ受け取ってこっちに振り返った彼と、視線がかち合った。向こうは少々不思議そうな顔でこっちを見ている。僕は少々慌てて、「何でもないです」と言った。
「そう言えば、来年も福男走るんだって?」
一輝さんからグラスを受け取りながら、武藤さんが言うと、一輝さんは「今のところは、そういうことになってますね」と苦笑いを浮かべながら答えた。
「お前も行く?」
武藤さんは陽気に笑いながら僕に言った。急なパスに僕は驚いて一輝さんの方を見る。彼も一瞬驚いた様子だったが、「一緒にいてくれると助かるな」と僕に笑いかけた。僕が答えに悩んでいると、武藤さんは一人楽しそうに「冗談だよ、冗談」と笑っていた。