12月26日(火)

 三人分の食器と、カレーが入っていた鍋をシンクで洗っている。みぃちゃんが後ろで、残りのご飯を炊飯器からラップに移して小分けにしてくれていた。もう一人の客人は、向こうの僕の部屋に籠もって、漫画でも漁っているのだろう。缶ビールを持ってドアの向こうへ姿を消してから、中々戻って来ない。
 シンクの中を片付けると、後ろから炊飯器の内釜が放り込まれた。僕はそれも洗って、横の水切りカゴに伏せた。食卓には、一食分ずつタッパーに取り分けた残りのカレーと、同じサイズのご飯が綺麗に並んでいる。
「もうちょっと冷ましてから、冷凍庫に入れてね」
「冷蔵庫じゃなくて?」
 みぃちゃんは頷いた。タッパーの蓋に手を添えると、確かにまだ熱い。ラップに包んだご飯の方は、もっと熱そうだ。
「食べるときは、しっかり中まで温めてね。焦げ付きやすいから、しっかり混ぜること」
 僕が軽い調子で「りょうか〜い」と答えると、みぃちゃんは真剣な面持ちで「本当に分かってる?」と言った。
「ウェルシュ菌、怖いんだから」
 ウェルシュ菌? 彼女が口にした用語がいまいち分からず、首を傾げてしまった。後で検索してみよう。
 みぃちゃんは食卓で、自分が飲んでいた缶ビールを口元に運んだ。どうやらもう、空っぽらしい。僕の分は食べている最中になくなってしまった。冷蔵庫を空けてもストックは見当たらない。
「お茶かコーヒーか、どっちがいい?」
 僕がみぃちゃんに訊ねると、奥の部屋から缶ビールと漫画を手にした上坂さんが、「私は紅茶かな」と言いながら出てきた。彼女は僕らの視線など微塵も気にすることなく、漫画を食卓に置き、缶をシンクの中に持って行った。
「濯いで潰した方がいい?」
 僕は彼女に、「そのままでいいよ」と答えた。彼女は「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」とみぃちゃんの隣の席に腰を下ろし、足を組んで漫画を読み始めた。
 僕はとりあえず、電気ケトルに水を入れて沸騰させるようにセットした。ストッカーの中を覗き込み、何が入っていたか確かめる。
「イエローラベルとドリップコーヒーはあるけど、どっちにする?」
「じゃあ、私も紅茶で」
「かしこまりました」
 僕は小さなティーポットと、百均で買った無地のマグカップを用意した。ピラミッド型のティーバッグを二つほど入れ、お湯が沸くのを待つ。
 みぃちゃんは隣の上坂さんを横目で気にかけながら、僕に向かって話題を切り出した。
「年末年始って、どうするの?」
「年明けたら挨拶に帰るぐらいかな」
 ここで年明けを迎えても何にもやることがないのはよく分かっているけど、実家に帰って寝泊りするよりは、まだマシだと思っている。武藤さんに誘われて、そっちへ行く可能性も十分にある。
 みぃちゃんは「ふーん」と、頷いた。何かを考えているように見える。
「何、どうしたの?」
「お父さんの誕生日が、30日でさ。今年はお誕生日会しようか、ってなってて」
 みぃちゃんはおずおずと言葉を紡いだ。横で漫画を読んでいたはずの上坂さんは、いつの間にか顔を上げて、「流石にそれは、遠慮しようかな」と言った。僕は内心、「そりゃ、そうだろう」とツッコミながら、みぃちゃんがそれを切り出した理由を考えた。
「僕が出席しても、大丈夫?」
「というか、出席してもらえるとありがたくって」
 イヤなものを見るような目で上坂さんを一瞥しながら、みぃちゃんは口をモゴモゴさせながら言う。何かしら、話しにくい事情があるらしい。大体の予想を脳裏に描きながら、沸いたばかりのお湯をポットに注いだ。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。