2月27日(月)

 今日は朝イチでJRの踏切を渡り、普段はあまり通らない総持寺の裏を抜け、郵便局の混雑を眺めながら、市立庄栄小学校に隣接された庄栄図書館に踏み入った。小説やエッセイ、児童書の類はそれなりに所蔵してあるが、それ以外はもう少し先の中央図書館に出向いた方がいい。
 新刊の傾向もあちらの方が好みだが、今日は休館日。仕方がないというか、少し目先を変えて文庫本でも手に取ってみようかとこちらに来てみた。こちらもピンとこなければ、市役所の方へ赴いて、中条図書館にでも行ってみるさ。
 この数日、息子たちの周辺で話題に上がっているらしい、芥川龍之介の『河童』でも久しぶりに読んでみようか。他館で借りていた本を返却し、悠々と手ぶらで新刊のコーナーを眺め、返って来た本のコーナーもチラリと目で追う。たまに素晴らしい偶然もあったりするが、今日はどちらもピンとくる出会いがない。さっさと文庫本の棚に足を向ける。
 「あ」の棚を目指して、「わ」の棚から逆に動いていると、ポケットのスマホが低い唸りを上げて震え始めた。消音モードのバイブレーションだけでも、静かな図書館では周りからの視線が集まってくる。
 サッと画面を見ると、史穂さんからの電話。バイブレーションを止め、一度ロビーへ出ると呼び出しが途絶えてしまった。電話を起動して、こちらから折り返す。相手はすぐに出てくれた。
「ああ、お父さんすみません」
「いえいえ。どうされました?」
「本っ当に申し訳ないんですけど、テディの定期検診をお願いできないかと思いまして」
 電話口の向こうで、縮こまって話している姿が想像できる。愛犬の定期検診が先に入っていたのに、どうしても外せない急用が今日の今日で入ってしまい、そちらに行かざるを得ないという。
「当日のキャンセルになってしまうと、次の予約が大分先になってしまうので……」
 非常に申し訳なさそうな声が聞こえてくる。その電話をすぐそばで聞いていそうなあのコーギー、テディの姿も思い描ける。まぁ、アレなら意思疎通できるだろう。
「いいですよ。どちらで預かりましょう?」
「ありがとうございます。そしたら……」
 史穂さんは阪急茨木市駅ではどうかというので、二つ返事で承諾する。本を借りてから向かっても間に合うだろう。落ち合う時間と駅までの道のりを頭の中で練り上げる。
「じゃあ、後ほど」
「すみませんが、よろしくお願いします」
 史穂さんとの電話を終え、サッと「あ」の棚から芥川龍之介の『河童・或阿呆の一生』を拾い上げ、近くにあった他の文庫本も2、3冊、気になった題名の書籍を借りてみる。
 図書館の外に向かいながら、貸し出しの処理を終えた本を手提げカバンに仕舞う。庄栄小学校を避けながら住宅街を進み、安威川にかかる千歳橋の方へ向かった。
 途中、大きな荷物を持ってJR総持寺駅の方へ向かう浪川さんとすれ違った。「おはようございます」と挨拶を交わす時間しかなかったが、思わぬところで知人と出会った偶然に、なんだかとても胸が弾んだ。今日はきっと、いい日になる。目の前を駆け抜けていった阪急電車に、そんな想いを投げてみた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。