1月5日(木)

 ほんの数分前まで元気に走り回っていたコーギーは、いつの間にかお行儀の良い先導役に様変わり。黒の割合が強い濃い茶色の背中と対照的に真っ白なお尻を眺めながら、のんびり散歩するのは悪くない。
 冬休みで静かな三島中学校の横を通り、JRに沿うように右手へ曲がる。安威川の上にかかる水色の橋を渡りかけたところで、犬のリードを握っていた孫の智希が足を止めた。
「安威川に沿って帰るよ」
 我が孫ながら、まだ耳慣れない声。声変わりが落ち着けば、次第に慣れるのだろうか。足元のコーギーは白い息を吐きながらこちらを見上げる。
「お姉ちゃんによろしく」
 私が持っていたビニール袋を智希に渡す。智希はケータイショップでもらったらしい、犬のキャラクターがデザインされた布マスクをつけ、河川敷へ降りて行こうとする。
「くれぐれも、走るんじゃないぞ」
「分かってるよ」
 言葉ではそう返しながら、すでに軽く早歩きになっている。ビニール袋はガサガサと音を立てながら小さく揺れている。まぁ、汁漏れ防止は念入りにしたそうだから大丈夫だろう。
 夕暮れにはまだ早い河川敷。智希の他にも、下流に向かって走る市民ランナーの姿が見える。高架下でトランペットやオカリナでも吹いているんだろうか。ランニングコースを避けてダンスの練習に励んでいる中高生もいる。寒いのに、立派なもんだ。
 よそ見をしていると、智希の姿は見えなくなっていた。
 真っ直ぐ帰っても晩酌にはまだ早い。橋を渡り切って、図書館と郵便局でも寄って帰ろうか。このまま道なりに行って、Amazonの倉庫を越えれば中央図書館が見えてくる。
 歩きながらスマホを取り出し、履歴から「武藤」を押す。数回の呼び出し音で、すぐに嫁が電話口に出た。
「ああ、史穂さん。私です。先日は遅くまでどうも」
 智希を送り出した件を伝え、取り留めのないやりとりをして通話を切った。その間に、交差点を渡る。伏見屋さんの豆腐を買って帰るのはまた今度だな。いや、豆腐好きの孫娘を連れて長女がウチに来るのは次の週末。立ち寄る郵便局を変えて、図書館の帰りに立ち寄ろう。
 少しずつ暗がりが増してきて、冷えも徐々に強くなる。茨工のグランドを見ながら右手に折れる。久しぶりの中央図書館。窓際の椅子に深く沈み込んでる同年輩もチラホラ。自習室もいっぱいだ。
 いつもなら文庫本を適当に眺めて帰るところだが、ペットの棚でも見て行こう。図書館の左手奥へ歩を進めると、カバのマスクが目についた。智希のマスクとは違うリアルなタッチのカバの口元。それを身につけた姿勢の良い佇まい、流れるような所作は見覚えがある。
 こちらの視線に気がついたのか、カバマスクの女性がこちらへ顔を向けた。目元しか分からないが、全体的な雰囲気はやはり見た気がする。なんとなく目を逸らし、近くの棚へ視線を向ける。興味のない本の背表紙を見ながら横目でみると、先の彼女が隣に立った。
「先日の攻略本、来週には入荷します」
「え、ああ、それはどうも」
 カバマスクの君は颯爽と自動貸出機の方へ歩いて行った。新作ゲームの攻略本なんてもうどうでもいいのだけど、週末の予定が済んだらまた寄ってみよう。太田イオンの、カバマスクの書店員さん、か……。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。