4月12日(水)

 学問に励む若人、仕事に精を出す現役の皆さん、子育てに全力を尽くしている若い夫婦を眺めながら、昼日中から飲むビールは非常に旨い。ビアガーデンが本格化するにはまだ少し早い季節だけれども、日差しの強さだけは早々に初夏を思わせる。
 頬を撫でる風に春っぽさを感じながら、もう一口ビールを飲んだ。
「いやぁ、郁美さんは残念でしたね」
 私の前で小さめのランチビールを楽しんでいる香帆さんに笑いかけた。
「仕方ないですよ。お仕事ですから」
 彼女は口に手を添えながら、ランチメニューのお肉を頬張った。しっかり味わって食べる様は、非常に可愛らしく見える。先日の現場で見せた真剣でカッコ良さすら感じさせた人と、同一人物とはにわかには信じ難かった。
 今日は不在の郁美さんも、非常にカッコいい仕事ぶりだった。彼女は普段から男勝りな勝気な人だったけど、厨房に並び立っていた香帆さんも、郁美さんの相棒として一切引けを取らない逞しさを見せていた。
「旦那さんは良かったんですか?」
 香帆さんは頷いて、「そちらの奥様と一緒です」と切り返した。声をかけるだけかけたけど、相手が誰と何をするかにはさほど興味がない、らしい。志津香は今頃、お友達と共に美味しいランチを食べていることだろう。
 そう思ったら、もう2、3杯はビールを飲んだって許されそうな気がする。グラスを空けた香帆さんにも、お代わりを勧めてみる。
「じゃあ、折角なんで」
「さすが香帆さん。そうこなくっちゃ」
 ウェイターを呼んで、二人分のお代わりを注文する。ビアカクテルも興味はあるが、エビスの変わり種を頼むぐらいが丁度いい。ウェイターは注文を確認すると、空いたグラスと皿を持って厨房の方へ歩いて行った。
「あら」
 香帆さんはお店の外を見て声を上げた。視線の先には、お友達と連れ立って校舎の方へ歩く哲朗くんがいた。ややあって、彼もこちらの視線に気がついたらしく、顔を上げて軽く会釈した。
「こうやって見ると、彼もまだまだ若く見えますね」
 香帆さんは、テーブルに運ばれてきたビールを受け取り、一口飲んだ。
「利発で仕事もできて、立派な青年ですよ。本当に」
 あれで性格の一つでも悪ければ難癖も付けられたのに、温厚な好青年というのができ過ぎな気もする。息子の下で仕事をするにはもったいない人材にも思えるが、何故か彼は幸弘をとても慕ってくれている。
 ビールを一口飲んで、喉を湿らせる。「コハク」の濃さを味わいながら、言葉を組み立てる。
「香帆さんは、私の息子をご存知でしたよね? 私の愚息と彼、似てると思いません?」
 香帆さんは「う〜ん」と小さく唸りながら、少し上を見て考える。ちょっぴり遠くの哲朗くんを何度か見て、しばらく間を置いたのちに口を開いた。
「ザックリ分類すれば、顔立ちは同系統な気はしますけど、雰囲気というか、空気感は全然違いますよね」
「親子には見えない?」
「そこまでマジマジとは見てませんけど、他人の空似じゃないですか? 鼻とか目元とか、結構違うような……」
 香帆さんに言われた通りに、哲朗くんと幸弘とを比べると、確かに造作の差異はそれなりにあるような気もする。ということは、
「私が考え過ぎ?」
「だと思います。あくまでも、私は、ですけど」
 香帆さんは口元に笑みを浮かべながら、グラスを傾けた。第三者から見てもそう思うなら、そうなんだろう。脳裏の悩みを片隅に追いやって、ゆっくりビールを飲んだ。さっきより幾分も豊かな香りと味わいが広がって、私は幸せな気分に包まれた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。