12月11日(月)
郁美さんに頼まれていた書類を、昼休み前にスタバへ呼び出した哲朗くんにチェックしてもらっている。授業を早めに抜けて来れたらしく、昼食でも一緒にと思ったが、ゆっくり話しながら食事をできるところが、ここの学食ぐらいしか思いつかなかった。
彼は今日も弁当持参らしく、学生さんに混じって自分だけ割安のランチを食べるのも悪い気がして、ここのコーヒーだけ奢らせてもらった。月曜日の午前中でも、近隣の主婦や商工会議所へ訪れる人がチラホラいるらしく、公園側のテラス席も含め、座席は半分近く埋まっているように見える。
書類に蓋をした万年筆を走らせながら二周してくれた哲朗くんが、顔を上げた。
「うん、コレで良いんじゃないですか」
事前に何度も内容を擦り合わせ、その結果みたいな書類だから、わざわざ確認してもらうまでもない気もするけど、念のため当事者の一人を巻き込んで再提出の可能性を減らせたのなら、彼にとっても無駄ではなかっただろう。
彼は二枚の書類を私が持って来たクリアファイルに納めた。
「データはまた、送っといてください。コレは」
「ああ、それは私が後で持って行こう」
哲朗くんが自分の荷物として手元に置こうとしたクリアファイルに、私は手を伸ばす。彼は「じゃあ、よろしくお願いします」と、クリアファイルから手を離した。いつもの彼なら、ここでコーヒーを持って立ち上がり、サッと教室へ戻っていきそうなものだが、彼はペンを胸ポケットに納め、コーヒーを口に運んだ。
「コレで、一区切りですか?」
彼のゆったりとした問いに、私は「ああ、まあ」と曖昧に応えた。
「最後が妹の誕生日会ですみません。おまけに、終わりまで同席できなくて」
「いやいや、将来有望な妹さんと出会えて光栄だよ。久しぶりに、君のお母さんにも会えたしね」
私が笑ってみせると、今度は彼が曖昧に「ははっ」と笑った。
「しかし、アレは君が生まれる前だから四半世紀以上の話かな。私の方はすっかり忘れてたけど、流石に優秀だね」
「いやぁ、そんな」
母親が褒められても謙遜してみせる息子。ウチの幸弘には、とてもできそうにない。
「妹さんのあの性格は?」
気が強いというか、上昇志向の強さは哲朗くんやあの御母堂からは想像がつかない。お父さんも何となくで知ってはいるけど、どちらかというと哲朗くんに受け継がれているように思う。
「アレは僕へのアテツケというか、両親への反発というか」
哲朗くんは半分笑いながら言った。
「君も君で、お父さんに反発してるんだろ?」
哲朗くんは、乾いた笑いを浮かべながら、後頭部を手で触った。
「複雑なもんだな」
哲朗くんに向けて言いながら、他人事のような物言いに内心、「何を言ってるんだ」とツッコんだ。どこの家庭もそうそう一筋縄では行かない、当たり前の話ではないか。
「それはそうと、神戸はどうだった?」
微妙な空気に耐え切れず、強引に話題を切り替えた。
「ああ、えーっと」
哲朗くんも姿勢を切り替えて、記憶の掘り起こしにかかったらしい。私がコーヒーカップを口元に運ぶと、彼も同じタイミングでカップを口元に運んだ。喉を湿らせて、ゆったりとした気持ちで、後日談を聞かせてもらおうじゃないか。