1月27日(金)
「しっかし、森田さんは面白いよね。お付き合いし始めて3年ぐらいになるけど、まだまだ色んなアイディアが出てきそうだよな」
アルコールが入って思いの外大声になっていた自分に自分で驚いている間に、向かいで顔色一つ変えずにグラスを傾ける浪川くんが「そうですね」と言いながら頷いた。隣で顔を赤くしながら黒ビールの入ったグラスを傾けていた新田くんが、グラスを置いて口を開く。
「チャットだとめちゃくちゃ硬いイメージでしたけど、あんなに熱い人だなんて知りませんでした」
「飲ませたらもっと面白そうなんだけど、まだ誘ったことないんだよねぇ」
薄濁りのビールを飲み干した浪川くんが、「森田さん、下戸なんですか?」と訊いてくる。首を振って、「愛妻家のイクメンなんだよね」と返す。
「まだ下の子が小さくて、誘いにくくってさ」
浪川くんは「えっ?」と漏らして新田くんの方を見やる。新田くんは少々気まずそうに、「ウチは二人とも小学生だから」と切り返した。
「すぐ帰すから、もうちょっと付き合ってよ」
自分のグラスを空け、三人分のグラスをカウンターで返して、同じものを注文する。新田くんも、さっきと同じで良いという。自分のスマホを見ている浪川くんの頭頂部に、「君はどうする?」と声をかける。彼は、「自分で注文するんで、大丈夫です」と答え、「すみません、ちょっと行ってきます」とスマホを持って階段を降りて行った。
注文を済ませ、大きい方のグラスを受け取って元の場所へ戻る。財布を出そうとする新田くんに、要らないと手振りで示す。
「すんません、お義兄さん」
「いや、もうただの仕事仲間だよ。慎一郎くん」
慎一郎は後頭部を指でかきながら、少し身体を小さくしてビールに口をつけた。僕は浪川くんの立っていた空間を見つめながら、自分が注文したIPAをグッと流し込んだ。慎一郎はポップコーンを摘んで、指先で転がした。
「香織は、元気ですか?」
「さあね。年相応にガタは来てるみたいだけど、大病はない、とは思う」
慎一郎も自分の家庭を持って長いだろうに、2年弱しか関係を持たなかった妹を気にかけてくれている。安藤さんのところに居ると聞いたときは、世間の狭さに驚いたっけ。
「で、彼はどう?」
そこにいない浪川くんを想像しながら、慎一郎に訊いてみる。慎一郎はビールを飲み、グラスから手を離して「優秀ですよ」と答えた。
「若くて優秀なだけに、危なげですけど」
「だから、人生経験豊富な君が相棒なんだろ?」
慎一郎は「自分なんて」と謙遜するが、少なくともウチの妹たちより遥かにマトモだ。彼にそう言われる浪川くんも、最近の哲朗を見れば、自分よりも有能なのはよくわかる。
下から冷たい空気をまとって、浪川くんが戻ってくる。彼の後ろから、背の高いモデルのような美女が姿を現す。少々意識の高い、立ち飲みクラフトビアバーとはいえ、流石に馴染まない。
「へー、立ち飲みなの?」
浪川くんの彼女らしい女性は、カウンターのメニューをじっくり読んでいる。隣で注文が決まるのを待っている浪川くんも、並んで立つと背の高さがよく映える。
「あれは相当優秀だぞ、慎一郎」
義理の弟だった男を見ると、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔で、「ですね」と呟いた。