5月25日(木)

 この間、年が明けたと思ったら、あっという間に桜が散って、もうそろそろ梅雨入りだのなんだの。季節感があるようで微妙にない仕事をしているが、寝苦しさと湿気には夏を感じる。
 エアコンのタイマーが切れると同時に、何となく目が覚めてしまった。トイレに行き、戻り際に暗がりのキッチンで麦茶を飲んだら、もう一回ベッドに入る気は何処かへ行ってしまった。早々に寝間着から着替え、顔を洗う。キッチンに戻ってお湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れ、ささやかな書斎に持って入った。パソコンを立ち上げると、時刻はまだ4時。まだまだ外は暗く、仕事のメールやチャットをのんびり確認していると、新聞配達の音が聞こえてくる。雨脚が弱まってきたとはいえ、昨日から降り続いている雨の中、大変だなぁ。
 今日の予定は、安藤さんのところへデータの納品。昨日、雨の中濡れないようにハードディスクを持って帰ってきたけど、それを持って行くついでに打ち合わせ、だったっけ。忘れないように荷物も確かめておかないと。
 書斎でのんびりやっていると、寝室の方から耳慣れたアラーム音が聞こえてくる。史穂は今から、お弁当の準備らしい。足音がキッチンへ降りていき、階下から賑やかな音が聞こえてくる。
 しばらくすると、今度は陽菜の部屋からスマートフォンのアラームが聞こえてくる。まだ朝の6時にもなっていない。一回でアラームを止めたらしく、彼女の足音は書斎の前を通り過ぎて階下へ向かった。風呂場の方から、シャワーを使う音が聞こえてくる。
 僕はコーヒーを飲み干してからになったマグカップを手に、彼女らの邪魔にならないよう、そーっと階段を降りる。キッチンで史穂に「おはよう」と声を掛けると、驚かれてしまった。
「今朝は随分、早いのね」
 彼女は寝間着姿のまま、手を一切緩めることなく僕にいった。僕はポットを指して、「お湯、もらってもいいかな?」と聞くと、彼女は一瞬思考を巡らせてから、「どうぞ」と言った。
 新しいインスタントコーヒーを入れていると、シャワーから上がった陽菜がまだ濡れたままの髪を拭きながらキッチンに入ってくる。彼女は僕を見ても何も言わず、冷凍庫から食パンを出してトースターに放り込んだ。僕から彼女に「おはよう」と声をかけると、小さな声で「おはよう」と返ってきた。彼女は自分のマグカップにお湯を少し入れて温め始めると、再び脱衣所へ戻って行った。今度はドライヤーの音が聞こえてくる。
「いつもこんなに早いんだっけ」
「今日は電車だからじゃない?」
 史穂は陽菜の小さな弁当を詰め終えると、テレビを付けた。天気予報では、雨は朝のうちに止むらしい。
「自転車は昨日、学校に置いて帰ったんだって」
 史穂の言葉に、昨夜の雨を思い出す。合羽なしにあの雨の中を、1時間ちょっと自転車というのは確かに辛い。相当な早着替えで、制服に着替えた陽菜がキッチンに戻ってきた。少し焼きすぎたトーストを皿に乗せ、イエローラベルのティーバッグをマグカップに入れてお湯を注ぐ。彼女は一人、「いただきます」とパンにかじりついた。
 史穂は横にヨーグルトとスプーンを出し、シンクの洗い物を片付けていく。
「良かったら、送るぞ」
「いいよ、恥ずかしいし」
 即座に申し出を断られた。
「アプロの駐車場とか、コンビニで降りれば大丈夫だろ?」
 石橋の駅まで送ってそこからバスに乗り換えるより、同級生に見られにくいだろう。もう少し坂の上に行った渋高側の広い場所でもいい。陽菜はパンをかじりながら、何やら思案している。
「じゃあ、俺も荷物取ってくるから、考えといて」
 僕はマグカップのコーヒーを飲み切り、書斎へ向かった。大事なハードディスクもカバンに詰め込み、指差し確認も怠らない。まだ少し早い気もするけど、朝から娘とドライブだ。荷物をリビングに運び、洗面所で歯を磨く。久しぶりにヒゲも剃ろうか。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。