12月14日(木)
寒空の下、小野寺さんを解放しながら笠井さんと共にゆっくり歩いている。前にもこんなことがあった気がするけど、アレは去年の出来事だったか、今年の出来事だったか、記憶が定かではない。
「いつもすみません」
小野寺さんが僕と笠井さんの間で、鼻声になりながら謝った。
「全然、気にしないでください」
笠井さんが男前な表情で言うが、明るさと角度的に小野寺さんには微塵も見えていないだろう。笠井さんの決め顔に、笑いを堪え切れず軽く吹いてしまった。彼にはバレないように顔を逸らし、気持ちを落ち着かせるべく、一呼吸置く。
「そうそう。ルミちゃんがはしゃがない忘年会なんて、物足りないって」
不意に小野寺さんが目を輝かせながら、僕を見上げた。
「ハメを外して飲み過ぎるアラサー女でも、大丈夫ですか?」
彼女は若干のアルコール臭を漂わせながら、心配そうな面持ちで言う。ついつい、「ルミちゃん」とちゃん付けで呼んでしまうけど、そう言えば良い歳なんだっけ。相対的に若い部類に入るけど、アラサーであればそろそろ自分なりの頃合いってやつを覚えてもらっても良い気もする。
答えに窮して笠井さんの方へ視線をやるものの、彼には華麗にスルーされてしまった。こういう時に安易に助け舟を出してくれないところが、彼の魅力でもある。
「まあ、いつもだと困るけど、たまになら」
「本当に?」
僕は勢いで、「本当、本当」と応えた。何が「本当に」なのかは分からないが、彼女がそれで落ち着くのなら、今はそれで良い。小野寺さんはそれっきり、再びグロッキー状態に戻って、僕らに身体を預けながらトボトボ歩いている。
「若い人も増えて、賑やかになって来ましたよね」
笠井さんが前を向いてボソッと言った。
「まぁ、半分身内みたいなもんですけど」
「それでも、良いじゃないですか」
笠井さんは笑顔で言った。
去年もそれなりの規模感だったけど、今年は輪をかけて多くの人が集まってくれた。哲朗や小野寺さんらを中心に、森田さんより若い人たちも沢山来てくれた。オジさんやオバさんの集まりじゃなくなって、随分華やかな集まりにもなりつつある。
「食事のメニューも、当日の催しも、そろそろ再考しないとダメですね」
「そうですね。新年会は間に合わないですが、次々回ぐらいから若い人の意見も取り入れていかないと」
ついこの間まで、森田さんより若いのは哲朗ぐらいのもんだったのに、安藤さんのところも合流すると、森田さんですら一気に上の世代へ押し上げられてしまう。
「僕らもいつの間にか、年寄りですよ」
僕は「若い人の意見」と言った笠井さんの言葉に、つい反応してしまった。彼に笑いながら言うと、彼も「そうですね」と笑い返す。
「まだまだ若輩者のつもりなんですけどね」
「僕もですよ」
二人で穏やかに笑い合っていると、真ん中の小野寺さんが微妙に揺れた。二人揃って身構えたが、彼女は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻し、元のペースで足を動かし始めた。笠井さんと同じタイミングで、ふぅと息を吐く。
顔を正面に向けると、向こうの方に平和堂の看板と信号が見えてきた。もうそろそろ、目的地。再びデジャブを感じながら、後少しだと自分に言い聞かせた。