4月3日（月）

　先に車を降りていた芽衣に映美を任せ、僕はチャイルドシートの中で眠る亜衣を抱えて車のキーをロックした。遮光カーテンを下ろし忘れた家の中から、煌々と光が漏れる。
　胸の中の娘が起きないように、そっと家の中に入り、寝室の子供用ベッドに寝かせる。僕たちのベッドには、同じように映美が寝息を立てていた。階下からは、芽衣がせっせと戸締りやら明日の支度やらを進めている音が聞こえてくる。寝室のドアをそっと閉めて、リビングへ降りていく。
　壁にかけた時計を見ると、午後十時を過ぎていた。当初の想定より二時間も遅れている。妻は部屋干ししていた洗濯物を畳み終えていた。
「ゴメンね、任せっきりで」
「亜衣は？」
「しっかり寝てる。無理言って、お風呂入れてもらって正解だったね」
　芽衣は肩をすくめ、脱衣所へタオルを持って行った。お風呂にお湯を張るスイッチも入れてくれたようだ。二人の娘は義父さんと入ったけど、僕らの入浴はこれからだ。妻はバタバタしっぱなしで、自分がお風呂に入る支度もテキパキと進めていく。それをジッと見ていると「あなたが先に入る？」と訊いてきた。首を振ると、寝巻きの準備やらタオルの準備やらを進めていく。
　僕はキッチンで手を洗い、半ば無意識に冷蔵庫を開けた。
「ビールは一番上、ドアポケットの方じゃなくて奥の方が冷えてるよ」
　芽衣は髪を縛っていたゴムを外し、髪を振り解きながら、グラスの場所を指差した。
「芽衣も飲む？」
　彼女は給湯器の画面に視線をやり、「いいの？」と言った。
「しっかり冷えてるのは、それしかないけど」
「二人でゆっくり飲めるなら、別にいいさ」
　彼女は「じゃあ、お風呂が湧くまで」と条件を付け足し、自分のグラスを持って食卓についた。僕はできるだけ均等になるようグラスに注いだが、泡まで綺麗にとは行かなかった。軽くグラスを合わせ、一緒にグッと飲んだ。義実家では見てるしかなかったビールが、全身に染み渡る。
「なんか、おつまみ出す？」
　芽衣が椅子に手をかけたが、「いいよ。コレだけでいい」と座るように促した。僕の隣で、ただビールを飲んでいるのが落ち着かないようだ。微妙にソワソワしながらグラスを傾けている。僕はそれを見て、笑ってしまった。芽衣は「何よ？」とささやかに語気を強めた。
「いや、ゴメンゴメン。任せっきりにならないようにしてたつもりだけど、つもりでしかなかったなぁ、と思ってね」
　僕も彼女も在宅で仕事ができるからと、それなりに家事も育児もこなしてきた自負はあるけど、夫婦水入らずの時間でも、彼女が落ち着かないのは僕が悪い。つい笑ってしまったけど、笑うようなことじゃなかったな。一人で勝手に反省していると、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
「ま〜た、一人の世界に入ってる。二人でゆっくり飲みたいんでしょ？」
　給湯器が「お風呂がもうすぐ入る」と予告した。彼女は素早く席を立ち、風呂場の方へ行って戻ってきた。今度は椅子にしっかり腰を下ろした。
「蓋はしっかり閉まってたから、もう一杯ぐらい飲めるけど？」
　彼女はニヤリと笑い、グラスに残ったビールを飲み干した。僕は冷蔵庫の前に立ち、まだ冷えていない500ミリ缶を取り出して、食卓に戻った。