10月6日(金)
いつもの席でうつらうつらと船を漕いでいると、目の前の机に軽い衝撃が走った。急な音にびっくりして目が覚めた。
「起こしちゃって、ゴメンね」
高らかに音を立ててしまった張本人、森田さんは申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせた。彼は私の前に積み上げた三冊の雑誌に手を置いて、「各号、一冊ずつで大丈夫だった?」と確かめる。
「全部ありますよね」
私の問いに、三冊を少しずつずらして表紙を見せてくれる。私は頷いて、「確かに」と答えた。
「わざわざご用意していただき、ありがとうございます」
先月末に出て在庫がまだオフィスにあった第三号以外の二冊は、バックナンバーを管理している森田さんが、自宅から持ってきてくれていた。彼は顔色一つ変えることなく、「いやいや、気にしないで」と笑顔を浮かべる。
「でも、そろそろバックナンバーも在庫がなくなってきちゃったな」
「追加で発注しちゃう?」
「流石にそれは、まだ早いでしょう」
武藤さんと森田さんとで、楽しそうに言葉を交わしている。私はそれを横目に、ずらされた雑誌の四隅を揃えて重ね直す。三冊となるとそれなりの重みがあった。注意を払って手を離しても、多少の音が鳴るのも仕方がない。
とりあえず、自宅まで持って帰らないと話が進まない。私はカバンの中を確かめて、雑誌が入るだけのスペースを作っていく。一冊ずつ立てて入れないと収まらない気がする。手前の第三号から手に取って、順番に詰めていく。
「でも、浪川さんたちには感謝だね」
自分の名前が出たので、何となく顔を上げる。本を詰める作業は止めずにそちらへ目をやると、森田さんはフリーペーパーの例のページを広げて私の方を見ていた。
「君らのおかげで、ヒイラギの1000部も見えてきそうだよ」
「本当、大したもんだよね」
森田さんの言葉を、武藤さんが補強する。例のインタビュー記事も、今の上坂さんとの関係も、元を辿れば彼らがきっかけだったような気がするけど、乗っかった結果、いいように踊らされている気もしてくる。ま、それはそれでアリどころか、全力で最後までやり切ってやろうかと思っている自分もいるんだけど。
「撮影の件も、無理言っちゃってゴメンね」
森田さんは再び、謝るポーズをしてくれた。私は「いえいえ、そんな」とできるだけ柔らかい声で応えた。
「こっちはどうせ、授業もあるんで」
二班体制で、おまけにこっちは学生と半分素人のチームでは、夏休みの間に全部撮り切るなんて無理だった。余裕のあるスケジュールを組んでいたつもりだったけど、天候不順や自分たちのスキルを考慮に入れてなかったから、どんどん遅延も積み重なった。
幸い、夏の景色として撮っておきたかったシーンは済んでいるし、後は冬や春の画でも問題ない。
「でも、撮らない間に猛勉強するんでしょ?」
私の隣で、刷り上がったヒイラギをめくっていた上坂さんが、誌面から目を離さずに横槍を入れる。疑問符が浮かんでいそうな森田さん、武藤さんに、インタビュー記事がきっかけで教員に火がついてしまった経緯を説明した。
「それで、ヒイラギを持っていくんだ」
森田さんと武藤さんは、納得したように頷いていた。涼しい顔で、我関せずとページを目くる上坂さんを横目で見ながら、私は心の片隅で、「そうやっていられるのも今のうちだからな」と何とも雑魚っぽい言葉を思い浮かべていた。