6月7日(水)

 武藤さんは隣でSlackの新着メッセージを見ながら、「だってさ」と他人事のように僕の顔を見ながら言った。
「編集長もやり、作家もやり、人気だねぇ。森田先生」
「先生はやめてくださいよ」
「人気のところは否定しないんだ」
 彼は人の悪そうな笑顔を浮かべ、ニヤニヤしている。
 瑞希さんから送られてきたのは、自主制作映画に関する相談。学校の課題とは別に、もう一本自主制作映画を作りたいのだけれども、脚本の執筆や協力、監修について相談したい、とのことらしい。
「映像作品の脚本までできるの?」
「自主制作レベルなら、経験ありますよ」
 一人でプロデュースから脚本、演出から監督、制作進行までやって、結局グダグダのまま終わったあまり思い出したくない経験。結局、脚本の着手が遅れたために、中身のクオリティが今一つのまま、映像としてもお粗末なものにしかならなかった。
 そのリベンジ、やり直しをいつかしたいと思って、早十年以上。そろそろ、やってみてもいいかなとも思いながら、結局仕事が忙しいと言い訳をしながら、ここまで来てしまった。
「で、やるの?」
 武藤さんは少し険しい表情で僕を見る。
「彼女らにも助けてもらってるし、個人的にリベンジもしたいんでやりますよ。できる範囲を決めて、手弁当で、ですけど」
 実際に「ヒイラギ」の創刊にあたって、書き手の募集を手伝ってもらったし、沙綾さんの知名度や女子大生の華やかさでアクセスなり、部数なりが積み上がっているのも事実。無償でやったって、利は十二分にある。
「でも、タダではやらないでよ。お互いのために」
 武藤さんが横からグッと釘を刺す。手弁当、タダでやった時の不幸を知っているからこその、正しいご意見。自分も沢山経験がある。
「今は出世払いってことにして、ちゃんと記録してから回収しますよ」
「貸付なら、利子も忘れないように」
「分かってますって」
 どういう関わり方になるかはまだ分からないけど、ざっくりの見積もりを早めにしておいて、なぜそういう取り決めをするのかも、きちんと説明して合意を取ろう。
 とりあえず、Slackのメッセージに、都合の良い日を3つぐらい上げて返信しておく。関係しそうな哲朗くん、浪川さんもメンションに含めておいた。
「これで浪川さんに箔がついたら、ますます面白いことになるね」
 武藤さんは自分のモニターを見ながら嬉しそうに言った。
「ヒイラギもコレも、いつもの仕事も、よろしく頼むよ」
 武藤さんはシレッというが、Webメディアの運営に、掲載作品の執筆、若手の育成に紙媒体の頒布拡大、新人作家の獲得に掲載者間の交流もやりながら、Web制作の業務委託という現状も、それなりに一杯いっぱいの状況ではある。そこに、もう一個新しい制作事案が乗っかるというのは、中々大変な仕事ではある。
「新人さんとか、入れないんですか?」
「人手を増やすのは良いんだけど、教育がね」
「ヒイラギを手伝ってもらいながら、哲朗くんらと伸ばすっていうのは、ダメですかね」
 武藤さんは腕を組み、上を向く。
「コードとか、デザインとか、ツールを覚えてもらったとして、そこから先が問題だよなぁ……。うん、真剣に考えてみよう」
 武藤さんは白紙の紙を引き寄せて、ペンを取り出した。真剣な面持ちでいろんなキーワードを書き出していく。資金繰り、事業計画の面でもう少し具体的な支援ができれば良いんだろうけど、僕に何ができるだろう?
 取り急ぎは法人成り、とかか。ここからもう一段踏み出すためには、そろそろ必要かもしれない。考えをまとめている武藤さんを眺めながら、僕も僕で真新しい紙を引っ張り出した。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。