2231(仮) 第五話

仮面ライター 長谷川 雄治 2231(仮)→塔の見える街

 再整備が進んでいても、舞洲の片隅、それも陸上競技場の裏まで来ると、人通りはほとんどない。近隣に商店も監視カメラもなく、死角としてはほぼ百点の場所。花束よりも、血まみれの死体の方が似合うよなと、不謹慎なことを考える。

 目の前に並ぶ決して多いとは言えない花束、お供えの数に、入駒という人間の価値も見えてしまいそうだ。つくづく、自分という人間が嫌になる。こんなことを考えたり、手放したりするために花を添えに来たわけじゃないのに、ここで故人に思いを馳せることで、自分勝手な免罪符を得ようとしている。

「オレって、本当に最低な奴だよなぁ」

 彼女が好きな花も、クラスメイトに聞かないと分からないし、メモをしたはずの花にも関心を寄せ切れない。形だけ、体裁だけ整えて何を守ろうとしているのか、自分でも、自分がよく分からない。

「入駒はこんなところに、何をしに来たんだ?」

 ここで彼女が殺されたのか、殺されてからここへ遺棄されたのか、どちらかもまだ分からない。ここで彼女の亡骸と、僕が渡した傘が見つかったというだけだ。

 ここへ来る前に、警察から受け取ったコピー傘は、形も材質も完璧だけど、色合いだけ異なっていた。もっと深い色、濃い色でないと元と同じとは言い難い。

 陸上競技場の周囲を回るルートで帰路に着く。

「アレ、甲斐くん?」

 後ろから、ジャージ姿の江辺野サンに声をかけられた。彼女以外に、陸上部員はいないらしい。こういうところで二人きりというのも、逆に気まずい。彼女はスポーツバッグを肩にかけ、僕と並ぶ形で歩いている。

「帰宅部が、こんなところでどうしたの?」

「別に。そっちこそ、一人?」

 彼女は頷きながら、「まあね」と微笑んだ。

「大会が流れちゃったのが悔しくて」

 彼女の言い分に納得しながら、自分のせいでもないのに、何故か申し訳ない気持ちにもなる。他の部活でも、練習試合や大会が延期したり、中止になったりしているらしい。勝てる見込みもないのに、悔しいからと一人で勝手にやるのは、彼女らしい気がする。

「アホなことしてるなぁ、とか思ったでしょ」

「いや、別に」

「じゃあ、何?」

 江辺野さんの表情がだんだん曇っていく。僕は慌てて視線を逸らすが、江辺野さんの顔は、かえって怪訝な面持ちになる。運良く、バス停の前に来た。切り替えるべく、時刻表を確かめる。運悪く、30分弱待たねばならない。

 江辺野さんもどうやら、次のバスを待つようだ。この状況でじっと待つのは、なかなかキツい。江辺野さんを無視してケータイいじりにでも勤しもうか。その手で行こうと決めかけたところで、バス停に備え付けのモニターに、地元のケーブルテレビがやっている天気予報が流れ始めた。最近、たまに見かけるお天気お姉さんだけど、名前は江辺野?

 僕より一足先にケータイをいじり始めていた江辺野さんに視線を送るも、彼女は全くこちらを気にしない。モニターに移るお天気お姉さんは、ちょっと人工的でシンメトリーな顔をしているが、江辺野さんに似ている気もする。

 江辺野さんが顔を上げる頃には、天気予報は終わっていた。バスの現在地表示に切り替わっている。

「今の、お姉さんだった?」

 江辺野さんは、首を傾げる。ちょっと間を置いて、「ああ、そういえば」とケータイを操作した。画面には、お天気お姉さんの情報が表示される。

「コレね。うん、ウチの姉」

 江辺野紫音、大学生リポーターらしい。

「でも、今はほとんど血の繋がりはないんだけどね」

 彼女は、バッグを背負い直しながら、ようやくやってきたバスに乗り込んだ。僕は彼女の後ろからバスに乗る。満員というには程遠いが、座席はほぼ埋まっていた。ひとり掛けの椅子も、最後部の座席にも先客がいる。乗降口斜め後ろ、二人掛けの席しか空いていない。江辺野さんは迷うことなくそちらへ行くと、僕に「ここでいい?」と言った。

「いいよ。僕はその辺で立ってる」

「私が立たせてるみたいじゃん。いいから、座ってよ」

 彼女は僕の回答を待たず、僕の手を取って隣に座らせた。スポーツバッグを足元に置き、窓の外を眺めている。僕は出来るだけ縮こまりながら、その横顔を見ていた。

「そんな調子で、よくあの班分けしたね。北海道でも、そうするつもりだった?」

 江辺野さんは、僕の方を見ながら意地悪そうな笑みを浮かべる。

「女子なんて眼中なし、みたいな人かと思ったけど、そうでもないんだ」

「人と話すのが得意じゃないだけだよ。女子とか、クラスメートとか、関係ない」

 江辺野さんは、「え〜、ウッソだ〜」と僕を肘で小突いた。

「顔も性格も悪くないのに、ただのムッツリないい人じゃ、彼女はできないぞ〜」

 ムッツリは余計だと否定したかったけど、彼女にそれを言える立場ではない。

「そういえば、お姉さんの話だけど、血の繋がりってどういうこと?」

 強引にでも話題を変えないと、こちらの身が保たない。バスに乗る前の話題を引っ張り出した。江辺野さんは、「ああ、その話?」と意表を突かれたように表情を変えた。

「芸能活動したいってソッチに乗り換えたから、生き物としては全くの別物ってこと」

 彼女は僕のことを指差しながら言った。僕は、「ああ、なるほど」と相槌を打つ。

「もっと色々弄りたかったらしいけど、予算不足であの通り」

 江辺野さんがさっき見せてくれたお姉さんの画像を、短期記憶から引っ張り出す。ぱっと見の容姿は、かなり血の繋がりを感じさせる。最も、身長やらスリーサイズやらは、この画像ではよく分からない。

「美容整形ぐらいなら、全部やりかえなくても」

「ウチの親と、同じこと言ってる」

 江辺野さんは、「ウケる〜」と笑った。

「生まれ変わって、お人形さんになりたかったんだって」

 人生をかけて綺麗で可愛い偶像になりたかったのに、その結果は、地元ケーブルテレビの学生リポーター。スポットの天気予報でお天気お姉さん、たまにインターネット広告のモデルで似たような人を見かける程度で、他に目立った活躍はない。

「しょぼすぎて笑っちゃうよね」

 彼女は鼻で笑うと、そのまま顔を背けた。視線は窓の外へ向いている。そっちが隣に座れと言ったのに、話しかけてくれるなと言わんばかりの雰囲気を醸している。なんだよそれ、と心の中で呟くと、バスは交差点を曲がった。足元のバッグが、少し向きを変える。

 有名なブランドとは違うらしく、あまり見覚えのないマークがついていた。最近気にかけているマークとも、ちょっと違うようだ。妙に敏感になって、気にしすぎなのかも。気分転換に、僕も車窓を眺めた。

 窓の向こうに、この辺りで万博が開かれた時に建立された神社の鳥居と、神社の名前が掘られた大きな石柱が見えた。一願成就や商売繁盛のご利益があると、ばあちゃんに昔聞いたことがある。神様というよりはどこか妖怪っぽい、例のマスコットキャラも描かれていた。

 その隣は、神社の名前がついた保育園。ここも、名前の横に不思議なマークが描かれている。ラムネのマークとも、スポーツバッグのものとも違う、別のもの。ただ、なんとなく共通項があるような気もする。家紋や苗字のバリエーション違い、みたいなものかもしれない。

 次のバス停まで、まだ少し距離がある。誰も押していない降車ボタンに手を伸ばし、グッと押し込んだ。停車する自動アナウンスが、車内に流れた。

 江辺野さんは、気怠そうにこちらを見る。

「僕は、ここで」

 彼女は、僕に対する興味を失ったのか、適当にひらひらと手を振った。僕の、「じゃあ、また」という別れの挨拶も聞こえていたかどうか分からない。

 ちょっぴり後ろ髪を引かれる思いで、命輝神社前でバスを降りた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。