2231(仮) 第一〇話

仮面ライター 長谷川 雄治 2231(仮)→塔の見える街

 ほんの二、三日前に来たばかりなのに、再びハチ公タワーの麓へ来ることになるとは思わなかった。最も、北摂の人たちが何かあるたびに活用する万博記念公園ぐらい、週末ごとのイベントで使用頻度がそれなりに高い場所でもある。

 妹やばあちゃんの世話を手伝っている時は、夕方や土日も出歩く機会が少なかったから、こうやって同級生と共に遊びに来れるのは嬉しい気もする。ただ、周りにいるのは小学生と保護者が大半で、高二にもなって混ざるようなところではなかったかもしれない。

 一緒に来た江辺野さんは割と平気な様子で楽しんでいるが、なぜかくっついて来た駿は、一刻も早く帰りたそうにしている。

 この間来た時は殺風景だった場所に、芝居小屋みたいな小さなテントを中心に飾り付けがなされていて、それを取り囲む形でキッチンカーや出店が立ち並んでいた。チャルカという人形劇の劇団と、それを支援する零細宗教のお祭りなんだとか。

 公共性の高そうな場所で、特定宗教のお祭りは意外だったけど、カルト宗教とは程遠い、非常に融和的な宗派で勧誘に関するトラブルも一件もなく、あくまでも人形劇をメインに押し出す活動ということもあって、長く続けられているそうだ。

 メインの人形劇が始まるらしい。いわゆるパペットという奴ではなく、糸で操る、マリオネットというタイプのようだ。江辺野さんを含めたキッズたちは、例のテントに集まっている。

 落ち着きがない駿は、ハチ公タワーの本体に対して、何やら調べ物をしている。チャルカ教の簡易な休憩スペース、控室もこしらえてあるのに、無遠慮にそちらへ接近した。

「おお、コレか」

 彼は周囲の導線を無視して、例のドアへ真っ直ぐ進む。内部見学のタイムスケジュールを張り出した紙と、「本日の見学は終了しました」の追加の案内が掲示されている。午前中には整理券が配られて、午後イチだというのに、もう全ての見学が終了したという。

「あいつに一泡吹かせられると思ったのになぁ」

 悔しがる駿に、「お前が遅刻したんだから、仕方ないだろう」と言った。古谷の件もあって、彼にとっても真境名は仇らしい。

「真境名の野郎、回りくどいことしやがって」

 駿はハチ公タワーに八つ当たりした。硬く握った右拳が、ハチ公タワーの壁を叩く。固そうな金属音が、鈍く響いた。その大きさに思わず周りを見回したが、誰かが咎めに来る気配はない。

 出来れば、さっさとこの場を立ち去りたい。舞台裏みたいなところに、部外者がズッと居るのは良くない気がする。駿にも離れるように急かすが、彼は聞く耳を持ってくれない。彼に力で勝てるとは思えないが、無理矢理にでも離れたい。駿のシャツに手を伸ばしかけたところで、控室の方から声を掛けられた。

「マキナが、どうかなさいましたか?」

 個人的には耳馴染みのある、若干聞き取りにくい合成音声。真珠の使っているものより大分品質が悪いのか、あるいは古くなっているのか。音量は小さく、音の高低も安定感に欠けている。

 声のする方へ振り向くと、いかにも作り物っぽい顔、人造マスクを付けた年代物の機械人形が立っていた。身につけているものは、頭上の冠も含めて、とても高そうに見える。

「ああ、失礼。コチラの方がよかったかな」

 声の主は、緩慢な動きでマスクの上に、更に目元を覆い隠すようなベネチアンマスクを装着した。怪しい印象は増す反面、不気味な印象は軽減された。とても古そうな外套の下はどうなっているのか、想像がつかない。

 彼は抑揚に波のある合成音声で、グレゴール十八世と名乗った。チャルカ教の開祖にして、現代まで生き続けている人物だという。

「ワタシはただの外部端末。ワタシは世界中にいて、ローマの本体と繋がっています。アナタたちも、マキナを信じる人たちですか?」

 二重のマスクのおかげで、グレゴール氏の目は見えない。見えたところで、ガラス玉のような目では、表情や意図は読み取れまい。かすかに読み取れそうな口元は、微笑んでいるように見える。

 頭の中に「?」ばかりが浮かんでいそうな駿と共に、グレゴール氏に招かれるまま、隣のテントに入る。中は簡易な礼拝堂っぽく見えた。彼に促されるまま、中に入って椅子に腰を下ろした。彼はそのまま教壇の奥に行く。

「白き土のアナタたちも、赤き土の兄弟も。チャルカの子どももワタシも、皆等しく神が造りたもうた被造物。チャルカは紡がれたもの、作られたものこそを尊びます」

 彼の手前にある教壇には、手回し式の糸車が刻まれていた。世界史の授業で見覚えがある。ガンジーが回していたアレだ。

「歴史も社会も、遺伝子も。別々のものが縒り合わさって紡がれるもの。ピノッキオも、ゴーレムも、フランケンシュタインの怪物も。ワタシのようなロボットも、蔑む必要のない貴重な存在です」

「肌の白いオレたちも、そうでない人間も、等しく尊いと?」

 グレゴール氏は、駿の言葉に頷いた。

「日本にも似たような表現がありましたね。ヤオヨロズの神とか、ツクモ神とか」

 厳密にはどちらも違う気もするが、モノに対する考え方、尊ぶ姿勢は似ていないとも言い切れない。

「チャルカは、被造物を区別もしない、差別もしない。等しく機械、マキナと呼んでいます。紡ぎ出されたもの、作り出されたもののがもたらす幸福や未来を信奉しています」

 グレゴール氏は僕らの顔をしっかり見据えて、「アナタたちも、マキナを信じますか?」と問うた。僕も駿も答えに窮していると、彼はゆっくり微笑んだ。

「何を信じるかは人それぞれ。チャルカはいつでも、誰にでも門戸を開いていますから、気が向いたらいつでもどうぞ」

 グレゴール氏は深々と頭を下げた。

 表の賑やかな曲が止まり、大歓声が上がった。拍手喝采の後、後ろの扉が押し開けられ、江辺野さんが入って来る。

「人形劇、終わっちゃったよ。何やってんの?」

 彼女は僕らの方を見て、言った。僕と駿は、グレゴール氏に促されるまま、彼女のいる出口へ向かう。テントの外に出ると、前を歩いていたグレゴール氏は立ち止まって、その場で振り返った。

「老いぼれの話を聞いていただき、ありがとうございました」

 使い込まれた手袋に包まれた右手を差し出した。握り返そうか迷っているらしい駿を避けて、僕が先に握手した。手袋の中は、いかにもマニピュレーター然とした細くて硬い、冷たい構造をしている。駿は、僕の後から握手に応じた。

 グレゴール氏は、僕らの後ろにいた江辺野さんにも手を差し出した。彼女はイマイチ事情が分からない様子だったが、躊躇なく、その手を握り返す。握手を終えると、彼は驚いたように声、音を漏らした。

「特別な星が巡ってきましたか。赤と白の兄弟たちに、新たな融和をもたらさんことを」

 彼は小さな糸車を外套の中から取り出し、僕らの頭上で何度か回した。チャルカ教の儀式だろうか。彼のところに、人形劇の主宰者らしい男性が近付いてきた。グレゴール氏はそちらに向き直りつつ、僕らに別れの言葉を述べた。

「いずれまた、お会いしましょう。それまで、マキナのご加護がありますように」

 主宰者の男性は、名残り惜しそうなグレゴール氏の背中を押して、控室のブースへ入って行った。その後ろ姿を見送りながら、駿は終始、訝しむような目で見ている。

「で、どうだった?」

 江辺野さんの一言に、駿は大きな声で「あ」と叫んだ。

「内部見学、できてないじゃん」

「え〜、何それ〜」

 江辺野さんは、「貴重なオフだったのに〜」と心底残念そうにぼやいている。駿はそれに「だって、仕方ないだろ」と応えた。コイツの遅刻が最大の理由なのに。

 チャルカ教のお祭りと、それに合わせた催しは夕方、午後五時まで続くらしいが、目玉の人形劇は演目が同じで、ハチ公タワーの見学も終わっているとなれば、高校二年生的に目ぼしいものは特にない。

 ちょっと早いけど、帰ろうか。僕が口にするまでもなく、駿も江辺野さんも、駅へ向けて歩き始めている。

「遅刻した人の奢りで、お茶でもしない?」

 江辺野さんの提案に、駿は眉根をひそめた。

「いいね。乗った」

「おい、益巳!」

 駿は掴みかかってきたが、僕は軽く避けた。

「遅れてきた駿が悪いんだよ」

「等しく尊いって説教されただろ?」

「それとこれとは、話が別だよ」

 話が今ひとつ飲み込めていなさそうな江辺野さんを差し置いて、口八丁手八丁で、歩きながら駿とやり合う。皮膚が焼けるような紫外線は勘弁してほしいけど、こういう休みもたまには悪くない。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。