壊乱(仮) 第五話

「ちょっと待て。それは流石に言い過ぎじゃないか?」

 ドルトンが横から身を乗り出し、口を挟んだ。ネウロはチラリとそちらへ視線をやる。

「そうか? ご本人は、きちんと受け止めているようだが」

 ドルトンは渋面を作って何かを言い返そうとするが、アレンの手によって座らされる。ドルトンまで、僕の顔を見つめる。僕は周囲から集まる視線を受け止めきれず、一瞬下を向く。

 ネウロの言い分も良く分かる。倒し切れなかった理由も原因も、思い当たる節がある。おまけに、あの日、最後までやり切れなかった後悔もある。依頼を受けたい気持ちもあるが、もう二度と剣を取りたくない気持ちや、マトモに戦えそうにない自覚もある。身体や技能の問題ではなく、主に精神的な問題だ。

 膝の上で、右手をゆっくり握って開いてみる。右掌は、宙で小刻みに震えていた。

 僕が俯いて押し黙っていると、向こうの方で机を叩く大きな音がした。顔を上げると、グレイシアが席から立ち上がっていた。

「私はこの件から降ろさせてもらう」

「ハイランド大佐、勝手な行為はーー」

 フューリィが腰の剣に手を添え、立ち上がろうとする瞬間、グレイシアは彼を睨みつけた。フューリィはそれ以上動かず、ゆっくりと元の体勢に戻っていった。グレイシアは彼が座り直すのを見て、「思い上がらぬとは、よく出来た部下だな」と鼻で笑った。彼女に笑われたフューリィは顔を歪め、誰にも聞こえない声で何やら呟いているようだった。

「貴女に抜けられると、成功率が格段に下がるのだが」

「自分の尻も拭けん、民の幸福も考えられん愚弟の下につくなど、言語道断。死んだ方がマシだ」

 グレイシアの言い分に、ネウロは微塵も言い返せない。口答えをしようものなら、まばたきをする前に斬り伏せられる。グレイシアは次期国王にも平伏すことなく、威風堂々と胸を張って部屋の出口へ向かった。

 僕の横を通り抜ける際、彼女の目は僕を見下ろした。

「私が抜けると困るんだったか、皇太子?」

 彼女は僕の腰に手を伸ばし、そこに佩いていた剣を、鞘ごと強引に引き抜いた。僕は慌ててそれを両手で掴むが、グレイシアは剣を手放さない。座ったままでは力が出ないのか、力強く引っ張ってもビクともしない。

 グレイシアはネウロの方を見た。

「コイツと私の参加を賭けて、勝負というのはいかがかな?」

「貴女が負けるとは思えませんが、万が一の場合は」

「ハイランドの名を捨てたコイツに負けるとは思わんが、その時は、お前らの好きにしろ」

 グレイシアは、僕を睨みつけて剣から手を離した。急に手を離され、僕は天板へ強かに打ち付けられた。舌を噛まなかったのは幸いだったが、他が痛くないという意味ではない。

 両隣のアレン、ドルトンが僕を気にかけてくれているが、ネウロはそんな様子を一切感知せずといった態度で、「ーーと、姉上殿からの申し出だが、どうする?」と僕に回答を迫った。勝手に話を進められるのは癪だが、ここで断れば、グレイシアが僕を見直すチャンスは二度と来ない。

 元々、母から彼女へ渡るはずのものでもあったし、とっとと家宝の剣を手放して、父の元へ帰っても誰にも文句は言われない。ただ、そうなると家訓を無視してまで僕にコレを譲り渡した母が報われない。

 ただでさえ、母には取り返しのつかない親不孝をしているというのに、これ以上愚行を重ねたくない。グレイシアに勝てる見込みなど微塵もないが、僕は勝負を受けることにした。

「そうと決まれば、善は急げだ」

 ネウロはニヤリと笑みを浮かべ、フューリィを伴って立ち上がった。側にいた兵士に、机の上の資料を片付けさせる。

「細かい説明は、勝負の後だ。ほら、早く」

 ネウロは両手を叩き、僕らを部屋から追い立てる。話し合いの前に勝負は構わないが、内容は何も聞いていない。ネウロはフューリィに耳打ちをして走らせ、僕らを中庭に案内する。

 新兵を訓練していたソルディ兵士長は、いつの間にか彼らを中庭から回廊の下へ移動させ、中庭の様子が見えるように立たせた。アレンとドルトンが、ソルディ兵士長に挨拶している間に、中庭が兵士たちの手によって軽く整備されていく。

 格闘技のような正方形の線が引かれ、僕とグレイシアには木で作られた剣が手渡される。彼女は兵士が場を整える間、跳んだり跳ねたりを繰り返し、身体を入念にほぐしにかかった。まさかとは思うが、そのまさかだった。

 準備が整うと、ネウロが僕とグレイシアの前に立った。

「これより、ブレイズ・ハイランドとグレイシア・ハイランドの決闘を執り行う。両者は、引かれた白線から出ないように。ただし、失格やペナルティは設けないものとする」

 僕は周りに引かれた線の位置を確かめた。中庭の中央を区切るように線画一本引かれ、二面でほぼ全てを使い切っている。周囲を取り囲む観客席へ飛び出ないようにする措置であり、競技的にはあってもなくても意味を成さない。

 ネウロは「良いな?」と僕とグレイシアに確かめる。グレイシアは当たり前のように頷き、僕もそれに合わせた。

「それでは、勝負の本数だがーー」

「一本だ。戦場には、二本目など存在しない」

 我が国切っての女傑には、迷いも遊びも存在しない。彼女が身を置くのは、常に生きるか死ぬかの、本気の世界。ネウロは僕に「それで良いかな?」と確かめたが、彼女の流儀に合わせないと、勝負の前に負けたようなもんだ。僕は「ああ、結構だ」と答えた。

「決闘など、久しぶりだろう? 姉弟の情けだ、ハンデをくれてやろう」

 グレイシアは、準備に奔走したフューリィに「おい」と声を掛けた。彼女がフューリィに耳打ちすると、彼は渋々と言った様子で、ソルディ兵士長に何かを伝えた。彼は周りの新兵を見回して、近くにいた一人に剣を外させた。

 フューリィはそれを持って、僕の元へやってくる。

「新兵用の鈍で悪いが、それで勘弁してくれ」

 彼は僕の木剣を回収し、彼が鈍と称した剣を僕に握らせた。さっきの木剣と形状はほぼ同じだが、素材が違う分、こちらの方が若干重い。僕は剣を抜き、造りを確かめる。確かに量産品らしく、柄の握りや刀身の固定がやや甘い感じはある。力強く振れば、すっぽ抜けるか、折れるかするかもしれない。

 その分、切れ味は悪そうだ。よほど当たりどころが悪くなければ、鎧をつけているグレイシアに致命傷を与えることもあるまい。僕は鞘もフューリィに手渡し、剣を抜いたまま軽く身体をほぐした。グレイシアは、ご自慢の細身の剣を腰に佩いたまま、戦ってくれるらしい。

「ハンデはやるが、手加減はせん」

 グレイシアは十分な距離を取り、僕に半身を向けて木剣を構えた。僕は両肩の力を抜き、剣も両手も自然に任せ、下に下ろした。

「それでは、よろしいかな?」

 いつの間にか、ソルディ兵士長の隣に椅子を用意させていたネウロは、フューリィが白線の外へ出るのを待って、「はじめっ!」と号令をかけた。号令と同時に、グレイシアが猛スピードで距離を詰めてくる。

 彼女は地面を蹴って跳躍すると、空中で火の弾を生成した。剣を握っていない方の手に生まれたそれを、僕に向かって投げつける。僕は慌てて、それを避ける。避けたところで、二発目、三発目の火の弾が飛んでくる。生え始めたばかりの草はどんどん黒炭と化し、グレイシアはその黒炭すらも踏みながら間合いを詰めてきた。

「逃げるばかりとは、情けないな。火球の一つも放てんとは、とんだ愚弟よ」

 グレイシアは喋りながら、今度は左手に冷気を集める。彼女の放った冷気の塊は、僕の行く先を凍らせた。僕は慌てて剣を掲げ、グレイシアの横薙を受け止める。その衝撃と振りの力強さに、借り物の剣は中程から折れ曲がった。

 僕は凍った場所を避け、小さく後ろへ跳ぶ。グレイシアの追撃を想定し、二、三度後ろへジャンプした。予想に反し、グレイシアの追撃は一旦止まる。僕が様子見をしていると、彼女は再び冷気を集め始めた。

 周囲に集まった新兵、観衆も息を吐く間も忘れ、静まり返っている。視界の端に見えるアレンとドルトンは、こちらを心配そうに見つめていた。

 形状が大きく変わった剣で、どう立ち回る? 勝ち筋を見つける隙もなく、一撃の元に葬り去られそうな気がする。グレイシアは集めた冷気を右手に集め、右手に握る木剣に氷を纏わせた。彼女が得意とする、舞踏のような氷の連撃が来る。

 グレイシアは身構えた僕の背後を、強い炎で焼き払う。炎の壁に逃げ場を塞がれた。前には氷の剣が、後ろには炎の壁が。ハンデとは一体なんだったのか。本気を超えて、殺す気で向かってきている。

 ソルディ兵士長の隣に目をやるものの、ネウロに止める素振りは見えない。

「よそ見をするなぁあ!」

 グレイシアは雄叫びと共に、僕へ向かって突撃してきた。振りかぶられた氷の剣を、僕は軸をずらしながら、半歩前に出て避けた。グレイシアは木剣の重さに負けて、剣を引き戻せない。僕はすれ違い様、グレイシアの首元へ切っ先を向けた。切っ先を動かさないよう、改めて彼女の方へ向き直る。グレイシアは小さくなっていく炎の壁を背に、ムキになって剣を振り上げるが、ネウロの掛け声によって動きを途中で止めた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。