織林の調書

仮面ライター 長谷川 雄治 幕間のメモランダム

 私が自分で持ち込んだティーセットを眺めていると、近くを通りかかった先輩が、後ろから声をかけて来た。彼は自分の肩を指圧機で器用に刺激しながら、「そんなもん、全部要らん」と言った。

「オレには違いが分からん茶葉も、全部持っていけ」

 彼は私が大事に取り置いていた紅茶の缶を、片っ端から段ボール箱に詰め込んだ。高級とまでは言わないものの、それなりに良い値段のするお茶っ葉なのに、気軽にポンポン放り込まれるのは心外だ。

「横のポットと、保温カバーも忘れんなよ」

 彼はひとしきり注文を付けると、自分のデスクへ戻った。午前中から置きっぱなしになっていた、すっかり温くなったコーヒーを一口啜る。

「本当に、全部要らないんですか?」

「ああ、結構だ。誰かが来ても接待することはないし、現場に赴いて『最後に1つだけ』と質問するようなこともないしな」

 先輩は私のデスクに目をやると、指圧機で私の私物を指した。

「悪趣味な写真も『きらきら星』のCDも、引き出しの中の大量のカップ麺も、全部引き上げるんだぞ。いいな?」

 彼はデスクに立てておいたグルメ雑誌も指摘した。私は、「は〜い」と気の無い返事をして、片付けに戻った。

 先輩と二人世帯の部署に異動させられて、そろそろ一年半。完全に物置だったデッドスペースを二人で作り替え、それなりに居心地の良い秘密基地っぽくなって来たのに、私の任務が終了してしまった。

 紅茶関連を片付けてから、デスクの原状回復に移行する。被害者になりきって横たわった姿の現場写真は、フォトフレームごと箱に入れ、残りの荷物も片っ端から詰め込んでいく。つい先日、甲斐くん達の卒業式で撮った写真も出て来て、手を止めてしまう。

「あのなぁ、さっさと片付けねぇと終わんねぇぞ。再来週には新天地だろうが」

 手元の書類を見ていたはずの先輩は、顔を上げて私を見ていた。私は今出て来た写真を拾い上げ、「コレは要りますよね?」と彼に尋ねた。彼は写真を見もせず、首を振った。

「ちょっとぐらい、私との思い出とか要らないんですか?」

「全然。お前のことより、新人の引き継ぎで手一杯だよ」

 彼は手元の書類を見ながら、後頭部を掻いた。私と入れ替わりで来る補充要員には、私の完璧な書類、データがあるから問題ないはずだけど、先輩はそれを信用していないようだ。

 甲斐くん達との記念の一枚も、不要と即決するような先輩だ。あれから一年半で、血も涙もない冷血漢になったのだろう。ただ、そうなるのも仕方ないような部署、日陰仕事の連続ではあった。

 大事な写真をファイリングしてカバンにしまっていると、時計を見やった先輩が、「おい、そろそろ」と言った。私も壁掛け時計を確かめると、そろそろ外出する時間になっていた。

「じゃあ、行ってきます」

「おう。嬢ちゃんに、よろしくな」

 私はやりかけの片付けを再開しやすいように整頓し、先輩の業務を妨げないところへ荷物を押しやった。黒いコートと大きなサングラス、カバンを持って「お先に失礼します」と部屋を出た。

 お昼休憩をずらして、無理矢理半休を取らせてもらった。西の空き地署を出て、最寄駅へ向かった。改札前に行くと、先に到着していた桂花ちゃんがそこに居た。彼女の卒業式以来、二週間ほどの間に随分と練習したらしく、メイクがバッチリ決まっていた。もうすぐ大学生だぞっていう、気合いみたいなものがバチバチに漂っていた。

「なんか、わざわざゴメンね」

「いえいえ、こちらこそ。こっちの都合ですみません」

 彼女に「どうする?」と訊くと、彼女は近くのファミレスで良いと言った。もっと高そうなところ、美味しいものが食べられそうなところも沢山あるだろうに、「一杯喋りたいから」だそうだ。

 彼女に決定権を委ねると、友達とよく行く店にするらしい。彼女に先導してもらって、目的のファミレスに到着した。ランチタイムには少し遅い時間帯とは言え、土曜日の午後だとそれなりに混雑している。待合室で五分ほど待たされてから、ようやく中へ入れた。

 定番メニューと期間限定らしいメニューを渡されても、私にはよく分からない。来店頻度が高い桂花さんは、パパッとメニューを決め、ドリンクバーもセットにした。私も同じものを頼み、順番に飲み物を取りに行った。

「卒業旅行は、週明けからだっけ?」

 飲み物を取って戻ってきた彼女は、小さく頷いた。

「じゃあ、甲斐くん達と?」

「男子となんか行きませんよ。女子三人でリベンジ旅です」

 彼女の力強い物言いに、私は頷くことしかできなかった。結局、あの騒動のせいで行けなかった修学旅行、北海道へ班分けの時のメンバーで赴くそうだ。

「二泊三日で戻って来たら、直ぐに学校なんですよね」

 彼女はそう言いながら、運ばれてきたばかりの熱々のドリアに手を付けた。私の手元でも、チーズが良い香りを放っている。

 彼女の場合、ほぼ地元の命輝大学に現役合格したと聞いている。第一志望の学部にストレートで受かるとは、素晴らしいの一言だ。

「その間に異動しちゃうなんて。寂しくなるなぁ……」

 彼女はスプーンでドリアの表面を軽く突きながら、溜め息を漏らした。

「別に死ぬ訳じゃないし、お父さんに聞けば、連絡先も貰えると思うよ」

「本当に? じゃあ、お土産も送るね。何がいいかな?」

 彼女は顔を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべた。普段はちょっとイケメンチックな顔立ちが、急に可愛らしい印象に変わるのだから、このギャップはグッと来そうだ。

 グッと来て然るべき特別な相手、甲斐くんは、結局彼女を落とせず仕舞い。桂花ちゃんも桂花ちゃんで、別に彼を特別視している様子はない。恋愛にあまり興味がないのかと思いきや、男性アイドルの推しメンの話、どの若手俳優のどんなところがカッコいいのかなど、延々と喋ってくれる節もある。

 ドリアを突きながら、彼女はいつもの様に日々の出来事、気になったことなど、取り止めもない話を私にぶつけてくれる。私も私で、先輩の話や仕事に関する愚痴を彼女にこぼす。変に遠慮しないで、好きなだけ語り合える身近な相手。その貴重な存在とも、もうすぐお別れとは。

 桂花ちゃんと同じタイミングでドリアを平らげ、空いたお皿を片付けてもらう。彼女が新しい飲み物を入れて戻ってきたタイミングで、私は居住まいを正した。

「約二年、大変お世話になりました」

「こちらこそ、お世話になりました」

 私が深々と頭を下げると、彼女も同様に頭を下げてくれた。彼女は頭を上げると、「さよならしても、ズッ友だからね」と言った。

「だから、またみんなで登ろうよ。テッペンまで」

 桂花さんは、窓の向こうに見える黒い塔、ハチ公タワーを指差した。テッペンには特別な許可がないと立ち入れないが、彼女はその権限を有している。

 みんなで登るためには、もう一度この街へ戻ってこなくては。「街」の調査部に掛け合って、彼女との指切りを果たせるようにしよう。

「いつになるか分からないから、先輩の世話は頼んだわよ」

「え〜。それは甲斐くんにお願いしてくれない?」

 桂花さんは、本気で嫌がる様な素振りを見せた。彼女が嫌がる気持ちも、私にはよく分かる。彼女が言うように、メンズのことはメンズに頼めばいい。

 その後も、店員さんに席を開けろと頼まれるまで女子トークに花を咲かせ、二人だけの送別会を静かに終えた。二人分の料金を私が支払い、いつまでもその時が来なければいいのにと思いながら、薄暮の中を並んで歩いた。

(完)

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。