LINKS(仮) 第十三話
それなりに緊張感があった式典が終わると、一同はチームごとの集まりをある程度維持したまま、隣の食堂へ移動することとなった。水分補給ぐらいなら問題ない多目的ホールではあるものの、本格的な飲み食いとなると食堂の方が向いている。
ギリギリまでやっていた午後練の影響で節々が動かしにくい僕は、集団の最後尾にくっついて、何とか懇親会の会場には辿り着いたが、会場で提供されているアルコールやソフトドリンク、菓子類を手に周りを練り歩く気力や体力は残っていなかった。
会場の一番端っこで、空いていた席に座っていると、ジュースの缶とお菓子を載せた紙皿を持った竹内、押川らが僕の側へやって来た。二人は、同じテーブルの空いた席に腰掛ける。
二人は自分のドリンクを飲みながら、周りで立ち話をしている先輩たちを見ていた。
「あんまり余所のチーム事情に口を挟むもんじゃないと思うけど、お前のところって、人材不足なの?」
竹内は、プレイヤー同士で談笑している輪をボーッと見ながら言った。どうやら蜂須賀さんの復帰も、話題になっているらしい。
「今シーズン一発目の大会とは言え、怪我からの復帰が早過ぎだろ。お前のジャケット着用も、無理し過ぎだって」
「別に無理じゃないさ……」
竹内の決め付けに強がってみたが、本音では彼の言い分が正しいと痛感している。
「高岩も着たらしいな。修復と調整は、アイツがやったんだって?」
押川は伝聞調で、僕に尋ねた。竹内は、「へぇー、凄いな。アイツ」と呟いた。
「別に、凄くなんかないさ」
「無理に張り合うなよ。高岩には高岩の強み、お前にはお前の強みがあるんだから」
「そうそう。っていうか、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「仲良くなんかないし、友達でもない。ただのチームメイトだ」
少し強めに言うと、周りの雰囲気が若干悪くなった。それぞれのチームへ分かれたとはいえ、友達だったはずの二人。自分が悪いとは言え、高岩への劣等感がこんなことになるとは。高岩のことも、自分のこともますます嫌いになる。
一人の世界に入り込んでいると、周りにいた二人は椅子を蹴り飛ばしながら、急に立ち上がった。意識をそちらへ向けると、蜂須賀さんがビールを片手に「飲んでるか?」と声を掛けてきた。
竹内と押川は、妙に畏まって鯱鉾ばっている。僕も二人にならって立ちあがろうとするが、蜂須賀さんは「そういうのいいから、座って、座って」と二人に椅子を勧める。彼は空いてる椅子に腰掛け、誰も手をつけていない紙皿の菓子を摘んだ。
「食える時に食っとかないと、体力つかないぞ」
蜂須賀さんは優しく微笑みながら、茶化すように言った。彼の後ろに立っていた背が高い白衣姿の男が、僕を見下ろして、「君が、ヤマブキの後継者ですか」と言った。
「これなら、来季も楽勝ですね」
「来季も?」
蜂須賀さんは座ったまま、後ろの男を見上げる。相手の男は、メガネの奥で目を細めて柔らかく微笑みながら、見せつけるように頷いた。白衣でその下は見えにくいが、白衣の上からでも筋肉の発達具合がよく分かる。
彼は僕を見て、「君さえ良ければ、ウチで鍛えましょうか?」と言った。
「企業の紐も付いてないウチなら、チーム間の移籍も不要ですし」
「そうやって、余所の機密も引き抜く算段ですか。ただの脳筋じゃないとは思ってましたが、流石ですね」
「お褒めにあずかり、光栄です」
間に割って入った蜂須賀さんと、相手の間で見えない火花が散り始めた。試合間近とは言え、懇親会の片隅で緊張感を高められるのは嬉しくない。相手の男は「ま、半分冗談です」とおどけて見せた。
「君さえ良ければ、いつでも歓迎しますよ。気が向いたら、私、岩田の研究室までいつでもお越しください」
岩田さんは、分厚い右手を僕に差し出し、力強い握手を交わして別の人だかりへ歩いて行った。蜂須賀さんは、立ち去っていく岩田さんの背中を手で払いながら、「誰が行かせるか」と悪態をついた。
「ヴィオレのジャケットなんて、元々のガタイがないと合わないからな。ほぼ岩田さん専用だよ。オレとか君みたいな奴には向いてない」
蜂須賀さんは紙皿の菓子を口に運び、ビールを飲んだ。岩田さんは既に人混みに紛れてしまったが、遠くからでもその存在は目立っている。縦にも横にも存在感が桁違い。デカいという元々の素質、長所を更に努力で伸ばしてた結果がアレなのだろう。
僕や蜂須賀さんは、そこまで背は低くないが、岩田さん並みのデカさを手に入れるのは無理だろう。ドーピングスレスレの薬漬けにして、無理矢理近付くことは可能でも、向き不向きで言えば、後者に違いない。
「ただ、トレーニングが重要なのは間違ってない。それは、自分でも分かってるよな?」
蜂須賀さんは、僕の目を真っ直ぐ見る。
「試合が終わったら、ビシバシ行くぞ。エース級のライバルも、遠慮なく巻き込め」
「なんで、その即戦力を後継に選ばないんです?」
話を横で聞いていた竹内が、蜂須賀さんに疑問を投げかけた。
「体力も、適性も高岩の方があるんでしょ?」
竹内の言葉に、蜂須賀さんは頷いた。
「彼はきっと、どこのチームでも即戦力の逸材だ。オレの動きを真似なくて良いなら、多分オレより上だろう」
押川は「そんなに?」と驚きを隠さなかった。竹内は、「だったら、なおさらーー」と追い打ちをかける。
「ヤマブキの後継者は、君だよ。誰がなんと言おうとね」
蜂須賀さんは僕の肩に手を置き、僕に笑顔を見せた。
「君の弱さと素直さがこのチームには必要だ」
褒められているのかどうかよく分からない言葉だったが、上級生から優しい言葉を掛けられて、喜ばない新入生ではない。
「彼は強すぎるあまり、臆病さを欠いている。痛いとか怖いとか、そういう感覚も、大切だからな」
「そういうもんスか?」
押川はイマイチピンと来ないらしく、首を傾げた。竹内は「なんか、ちょっと分かる気がする」と目を輝かせている。
「ま、難しいことはおいおい。とにかく、今日は飲んで食って、楽しくやろうぜ」
蜂須賀さんは、後ろから別の学生に声を掛けられると、僕らに別れを告げて他の集まりへ移って行った。
「なんだかんだ、イイ先輩じゃん」
うちのチーム事情を「人材不足」と評した竹内は、蜂須賀さんの背中を目で追いかけながら言った。僕が「なんだかんだは、余計だろ」と突っ込むと、押川が「そう言えば、第一志望は、白のチームじゃなかったっけ」と懐かしい話題を持ち出した。
「そうそう、白だ、白」
「なし崩し的にヤマブキに入ったけど、白いジャケット、白いプレイヤー探しは良かったのか? お前のイチオシなんだろ?」
押川の話に、竹内も勢いよく乗っかった。周りに人が多いのに、デカい声で話題を広げる。
「先輩にも確かめたけど、白のチームなんて見たことないってよ」
「オレも、手がかりなしだな。結局、どうなんだ?」
二人の視線や、周りで話を聞いている人たちの顔がこちらに向けられる。僕は「騒がしくてすみません」と周りに頭を下げ、「高岩に、その話はするなって言われてさ」と二人に小声で言った。
「なんで高岩に?」
竹内の疑問に、僕は「さあ?」と首を傾げた。詳しいことは、本人に聞かないと分からない。そこら辺にいるのなら、呼び止めて聞いてやろう。顔を上げ、懇親会の会場で高岩を探すが、人の多さと彼の目立たなさもあって見つからない。竹内、押川にも高岩を探してもらうが、やはりいないらしい。
「もしかして、帰ったとか?」
人混みを掻き分けて戻ってきた竹内が、ボソッと呟いた。流石にそれはないと思うが、会場を回って見当たらないとなると、少なくとも中にはいないのだろう。
「ちょっと、外見てくる」
僕は二人に声をかけ、席を立った。二人は「おお」と僕に返事をしながらも、各々のチームの先輩に声を掛けられていた。僕は二人に、「じゃあ」と改めて声を掛けると、食堂の外へ広がる中庭へ出た。