壊乱(仮) 第十八話

「踊り子の姉ちゃんも、もうそろそろ着替えて出て来る頃じゃないか?」

 彼は薄暗い路地の奥へ顎をしゃくった。どうやら、そちらに店の裏口があるようだ。彼の視線誘導に釣られてそちらを見ていると、静かにドアが開けられて一人の女性が出てきた。彼女は辺りを伺いながら、こちらへ歩いてくる。

 髭面の男はタバコを揉み消し、彼女が横を通りかかったタイミングで「ご苦労さん。今日も最高だったよ」と声を掛けた。話しかけられた女性は、「出待ちは禁止って、何度も言ったよね?」と綺麗な眉を顰めて言った。

「ちょっとぐらい良いじゃねぇか。金なら払う」

 男は紙幣を見せびらかすように、彼女に差し出した。彼女はそれを払い除け、その場を立ち去ろうとする。

「散々誘って稼いでんだ。一回ぐらい、オレに付き合ってくれても良いだろ?」

 彼は彼女の腕を掴んで無理やり引き寄せようとするが、彼女は「やめて」と男を突き飛ばした。彼は痛そうに尻餅を付き、「何でぇ。お高くとまりやがって」と女性を睨んだ。

「その辺にしとけって」

 ドルトンは女性と男の間に割って入った。

「余所者はすっこんでろよ」

「そうしたいのは山々なんだけどよ。こういう文化を愛する者としては、黙ってられないんだよなぁ」

「文化だぁ? 姉ちゃんにカッコつけて、特別サービス受けたいだけだろうが」

「最初からそれ目的で、鼻息荒く迫るよりは、何倍もマシだろう」

 黙って見ていたアレンが、横から口を挟む。髭面の男は、そちらにもガンを飛ばす。アレンは背後に隠した小さな何かをポロッと落とした。彼の足元から男の方へ、微かな電流が走った。

「おっと、失礼。今のはわざとじゃないんだ」

 彼は「本当だ。信じてくれ」と言いながら、さっき落とした物より一回りほど大きな塊を彼に見せつける。

「それ以上、ダサくてモテない真似をするようなら、今度はわざとーー。分かるよな?」

 さっきまで降り続いた雨で、地面は所々濡れている。さっきの電流は男へ到達する前に消えたが、今度はどうなるか分からない。流石に意味を理解したらしく、男は顔を引き攣らせながら、「畜生。覚えてやがれ」と店の前から走って逃げた。

 ドルトンはその背中を目掛け、「一昨日来やがれ」と捨て台詞を吐いた。

「でも、一昨日も明日も、オレたちはココにいないよな。一昨日来るのも、覚えておくのも、どっちも無理だな」

 ドルトンは自らツッコミを入れ、豪快に笑った。

「しかし、貴重な魔導石を浪費させてしまったな。スマン、スマン」

「いいよ、気にするな。これから飯を食うって時に、目の前で人がミンチになる様を見るよりは、遥かにマシだ」

 二人は楽しそうに笑い合った。流石のドルトンでも、さっきの彼をミンチにするような膂力はないと思うが、アレンの介入がなければ酷い有様を見せつけられた可能性は十二分にある。それにしても、アレンはドルトンのことをよく見ている。普段はことあるごとに「バカバカ」と呼んでいるが、怒りのボルテージと殴りかかるキッカケを見極め、適切なタイミングで機転を効かせるとは。長い付き合いだから可能な、素晴らしいコンビネーション。それを酔っ払い退治で披露するところが、また彼ららしい。

 二人が助けた女性は、目深に被っていたフードを脱ぎ、「ありがとうございます」と頭を下げた。全てが顕になった顔を見たドルトンは、急にドギマギしながら、「いえいえ」と取り繕う。

「皆さんは旅のお方、なんですか?」

 踊り子の彼女は、衣装こそ着替えていたが、メイクはそのままだった。元から相当な美貌の持ち主らしいが、更なる美しさを手に入れている。コレで扇情的な踊りを見せられれば、さっきの彼みたいに勘違いする男は出て来るだろう。

 ステージに齧り付いている間は決して向けられない言葉と視線に、ドルトンはすっかり心を射抜かれたようだ。舞い上がった様子で、「ええ、まぁ」と彼女の質問に答えた。

「お強いんですね」

「いや、それほどでも」

 彼女は慣れた様子でドルトンに身を寄せると、身体に軽く触れる。ドルトンは必死に平静を装っているが、その心の揺れも彼女は手に取るように分かるのだろう。余裕たっぷりに、ドルトンをからかっている。

「お食事がまだなのであれば、ウチでどうですか? お礼も兼ねて」

「おお、そいつはいいな。お言葉に甘えようぜ。なぁ?」

 ドルトンはこちらへ同意を求めるというよりは、彼の圧に屈して欲しそうに言った。アレンは僕に、「流石に怪しくないか?」と耳打ちする。

「さっきのおっさんから一芝居って可能性もあるぞ」

 僕はさっきの出来事を思い出す。

「流石にそれは、勘繰りすぎじゃないか?」

「そうか? 素性の分からん女にホイホイ付いていくよりは、そこの店で済ませる方が安全だと思うがな」

「ーーあ、自己紹介がまだでしたね。踊り子の、アマンダです」

 いつの間にか僕らの側で話を聞いていたらしい彼女は、恭しくお辞儀した。

「お、オレはドルトン。大工の息子だ。そっちがアレン、隣がブレイズだ」

 僕らが名乗るか迷っている間に、ドルトンが代わりに紹介してくれた。アレンは小さく舌打ちをするが、アマンダと名乗った女性には聞こえなかったのか、「大工さん? 凄いのね」とドルトンを上手に転がしている。

「でも、大工さんがなぜこんな所に? ただのご旅行にも見えないけど」

「ああ、それは、」

「ーーち、知人の結婚式があるんだ。この先の街で」

 ドルトンがバカ正直に答える前に、アレンが言葉を継いだ。

「へぇ、結婚式に?」

 アマンダの鋭い目つきに、アレンは一瞬唾を飲んだ。小さく頷き、「折角なら、目的地まで巡礼して回ろうって決めたんだよ」と、嘘とも言い切れないホラを吹いた。

「そうじゃねぇだろ」

 ドルトンは尚も本当のことを話そうと食い下がるが、僕は「ま、いいじゃん、いいじゃん」と話に割り込んだ。

「腹も減ったし、さっさと案内してもらおうよ」

「ーーな、まだ何も」

「お前も腹減っただろ、ドルトン?」

 僕が話題を振ると、彼は「お、おお」と頷いた。

「そうと決まれば、早速案内してもらえますか?」

 ドルトンはアマンダにアテンドを促した。彼女の鋭い視線は、まだアレンや僕に縫い付けられているようだった。ドルトンの再三の呼びかけには流石に屈したらしく、集団の先頭に立って先を案内し始めた。アマンダを先頭にドルトンが背後に付き、その後ろを僕とアレンが並んで歩く。宿を出た時と違うのは、先頭を歩く人物が変わったことと傘を差さなくても良くなったことぐらいだろう。

「何考えてんだよ」

 アレンは前の二人に気を配りながら、僕に耳打ちする。

「あの場はああするのがベストだと思ったんだよ。他に方法はあった?」

 アレンは「いくらでもあるだろ」と下を向いてボヤいた。僕も、アマンダのことをまだ信用した訳ではないが、ここで僕らの正体、旅の真意を探られるよりはマシだろう。もっとも、この先で待つかもしれない危機、トラップを掻い潜れればの話だが。

 流石にこの距離で耳打ちを聞かれているとは思えないが、こちらを意識していることはよく分かる。それに、打ち入る隙が全くない。我々が介入しなくても、あの程度の一般市民なら軽くあしらうだけの護身術くらいは身につけているようだ。

 そもそも踊り子だから、身体の隅々まで操作する技術を磨いているのだろう。それに酒場や町々を回る踊り子であれば、多少の荒事は日常なのかもしれない。

 アマンダと名乗る正体不明の女性に魅了され、見知らぬ夜の街を放浪する。さっきの店まででも怪しかったのに、今から自分たちだけで宿へ戻ることは不可能に思える。賑やかな繁華街を離れ、民家が集まるエリアに移った。

 数々の民家の中でも、街外れにある一際古そうな家の前でアマンダは立ち止まった。魔女でも暮らしていそうなボロ屋敷の門を開けた彼女は、「どうぞ」と我々を招き入れる。屋敷の中で一体何が起こるのか、全く予想がつかなかった。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。