12月31日(日)午後3時

 パイとコーヒーを乗せたトレイを持って、ルミがテーブルまで戻ってきた。期間限定のパイもまだあったそうだけど、彼女はいつものアップルパイを選んでいた。私は彼女が運んできたSサイズのホットコーヒーを手元に移した。
「ブラックで良かったっけ?」
 ミルクも砂糖も貰わなかったけど、とルミは言った。私はどっちでも良かったけど、頷いた。
「そっちこそ、いつもので良かったの?」
「結局、これになるよね」
 ルミはアップルパイの封を開け、慎重にかじりついた。それでも熱いらしく、口の中から熱を逃しながら食べている。落ち着いたところで、ホットコーヒーをブラックのまま啜った。彼女は口の中を冷ますように息を吐く。意を決して、もう一度食らいついた。
「で、三つ葉の買い出しは良かったの?」
 彼女は相変わらず熱を逃しながら、口を動かしている。
「買い出しも行きますよ。でも、こういうのもしたいじゃない?」
 ルミは私に、「まあね」と同意した。周りを見渡すと、私たちのように近所から来ている親子連れや、ドライブがてらに立ち寄った人たちもチラホラみかける。ちょうど混み合う時間帯らしく、私たちの後からレジ前の列が長くなっていた。
「考えることはみんな一緒っていうか、タイミングも一緒なんだもんね」
「そこの洗車場もいっぱいだったもんね」
 ルミと一緒に歩いてここまで来たけど、ケーキ屋さんの横のセルフ洗車場が賑やかだった。今日まで開けてくれているスーパーや食品売り場も、きっと駆け込みのお客さんでいっぱいだろう。
 「三つ葉の買い出し」なんて、章二さんを置いてルミと外に出るための方便だから、無理に買わなくても構わない。あまりにもごった返しているようなら、適当に散歩して帰れば良い。
「お母さんたちはどっか行かないの?」
 ルミは食べ終えたアップルパイのパッケージを、トレイの上でクシャッと丸めた。
「そういうあなたは、どこか行かないの? 年末年始に、無理に実家で過ごす必要もないんだし」
 どちらかと言えば、私たちがルミの元へ行く方が過ごしやすそうなもんだけど、彼女は「だって、あっちの方が広くて寒いんだもん」と言った。
「一緒にどっか行く相手もいないし、お母さんと一緒で、人混みもあんまり得意じゃないし」
「積極的に見つけに行かないと、いつまで経っても独りのままよ」
 ルミは「分かってますぅ〜」と、ムスッとした。むくれている表情もそれなりに可愛いと思うんだけど、親バカかしら。先日見せてもらったダンス動画も、中々良いセン行ってそうなんだけど、周りが既婚者ばっかりだから?
 ここで「イイ人〜」とか言い始めたら収集がつかないから、この辺で辞めておく。親が勝手に動いて見つけてきても、反発するだけだろうし、本人がその気になるまで見守る他ない。
「そういえば、あの荷物に何が入ってるの?」
 私は話題を無理やり変えた。彼女が引っ張ってきたスーツケースの中身を訊ねる。
「お父さん用のお酒と、家で余ってたお菓子」
「じゃあ、おつまみも見て帰らなきゃ」
 この辺りのスーパーで、三つ葉とお父さん好みのおつまみを買えるところはどこだったかな? コーヒーを飲み終えるまでに、できるだけ空いてそうなところを捻り出したい。今年こそ少しくらい、ゆっくりできると思ったのに、最後までバタバタ確定か。

(完)

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。