1月20日(金)

 章二さんは、勤め人時代のお友達と合同の誕生日会だと三宮へ出かけて行った。新年会も兼ねた毎年の恒例行事。お昼も晩ご飯も考えなくていいのは気楽だけど、自分一人の食事は、それはそれで面倒臭い。
 ちょっと暖かい気候に誘われて気ままに出歩いてみたら、何故か、ロイヤルホストでiPadに向かって筆を走らせている。もう少し暖かくなればイーゼルと椅子を持って絵を描くのだけれども、それをやるにはまだ寒い。
 前に書いた手書きの線画をiPadに取り込み、その上に何色を置くか考えながらああでもない、こうでもないと何度か塗っては消してみる。絵具と紙では難しいことも、デジタルなら簡単にできて非常にありがたい。
 流石に漫画家さんはいそうにないけど、家の外に出てファミレスで絵を描くと、なんだか仲間入りしているようで楽しくなってきた。軽いランチにドリンクバーを注文し、時間を忘れて色塗りに集中していると、隣の席から視線を感じる。手を止めて、顔を上げた。
「もしかして、小野寺ルミちゃんのお母さん?」
 小学校中学年ぐらいの男の子を連れた二人組の女性に、声をかけられた。男の子の隣に座る女性は彼の母親っぽいけど、その向かいに座っている女性がマジマジと私の顔を見つめている。
「ああ、やっぱりルミちゃんのお母さんですよね?」
 娘の名前を何故知っているのか。ルミと私とをどうやって結び付けたのか。一人で困惑してフリーズしていると、女性は「一人で興奮しちゃって、すみません」と謝った。
「ルミちゃんの仕事仲間です。何度かZOOMでお見かけしてました」
 そう言われれば、ビデオ会議しているところに入っちゃって、ルミに何度か怒られたことがあったっけ。私からはハッキリ見えなかったけど、向かいの女性も私に見覚えがあるらしい。
「あら、そうですか。その節はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそお世話になっております。えーっと、私が武藤で、あっちが高橋です。で、」
 武藤と名乗った女性が男の子の方を見ると、「ヒラクです」と自己紹介した。「啓蒙とか自己啓発の啓で、ヒラク」と、彼の母が教えてくれる。高橋さんは申し訳なさそうに口を開いた。
「ルミちゃんこの間、大丈夫でした?」
「この間、何か?」
「先週、ちょっと飲ませすぎちゃいまして……」
「あら、そうだったんですね」
 ルミからは、特に何も聞いていない。高橋さんは不思議そうな表情を浮かべているが、武藤さんは「香織さん、ルミちゃん、今は同居してないのよ」と、こちらを向いて「ですよね?」と確認してくる。「えぇ、まぁ」と返すと、
「そうですよねぇ。5年ぐらい前から背景が変わったなぁと思ってたら、家が変わったって言ってました。えーっと、」
 武藤さんは私の顔を見て、言葉に詰まった。
「あ、香帆です」
「香帆さんのお住まいは?」
 武藤さんの雰囲気に呑まれ、ありのままに答えると「へー、良いところにお住まいですね」と帰ってきた。武藤さんはルミの家の近く、高橋さんは南茨木、天王小学校の近所だとか。
 いつの間にか、武藤さんが横に座り、高橋さん達が向かいに座る。iPadの絵を見せたり、啓くんにお絵かきさせてあげたり。夜まで一人寂しく過ごすと思っていたら、娘のおかげでご縁ができた。ルミ、ありがとう。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。