3月21日(火)

 スタバでテイクアウトしたコーヒーを、夕暮れ時の公園でベンチに座って飲んでいる。つい先日も、似たようなシチュエーションに遭遇したのを思い出した。
 一人で思い出し笑いをしていると、ベンチから腰を上げて伸びをしていた瑞希が振り返り、「うわ、気持ち悪い」と心底気持ち悪そうに言う。女性として飛び抜けて背が高い方ではないが、上からスッと吊るされたような立ち姿、重力を感じさせない姿勢に、地味目のワンピースがよく似合う。
「何かついてる?」
「いや、つくづく地味な服装が似合うなと思って」
「どうせ私は、沙綾さんみたいなのは似合いませんよ〜」
 瑞希はわざとらしく「怒ってます」と全身でアピールしながら、僕の隣に座った。口でストローを迎えに行き、アイスコーヒーを飲む。
「今日は、ほっといて良かったの?」
「向こうも独りでやることぐらいあるさ。東京脱出が差し迫ってるし、忙しいんだろ」
「それで墓参りに?」
「ま、そんなところ」
 大学を出て上京して以来、3年ぶりの墓参り。いや、当時は新型コロナもあったし、実家に帰らないこともあったから、さらに半年ぐらいは空いているのか。久しぶりに見た婆さんはすっかり背中が曲がり、年齢以上に老けているように思えた。
「せっかく来たのに、お父さんとは目も合わさなかったね」
「そうだっけ。目ぐらい、」
 日中の出来事を思い出そうと記憶を辿るものの、霊園への送り迎えで一瞬目を見たかどうか、だっけ。いや、アレは睨まれていたような気もする。墓を掃除している間もろくにやり取りしないまま、墓前に手を合わせて、何事もなく戻ってきたっけ。
「まぁ、また今度、機会があれば」
「あるといいけどね」
 瑞希は明後日の方向を向いたまま、ぼそりと呟いた。
「瑞希も晃も、自分のことで忙しいからなぁ」
 僕もボソッと呟いたつもりだったのに、瑞希が少々苛立ちを込めた表情で振り返った。
「それが、イイとかワルイとかじゃなくて、オレのことで余計な負担をかけられないな、と思ってさ」
「かかってないと思ってるなら、タダのバカ兄貴ね」
 瑞希は溜め息をつくと、残りのアイスコーヒーを一気に飲んだ。溜め息と一緒に、覇気というか、元気みたいなものも、身体の外に出て行ったらしい。ベンチから腰を上げた姿は、今の祖母に少し似ている気がした。
「帰るなら、送るよ」
 空になったカップをもらい、一人で先に行こうとする背中に声をかけた。瑞希は一瞬足を止めて振り返ったが、「独りで帰る」と取り付く島がない。明るくて広い防災公園を、一所懸命スポーツに励む人の間を縫って、カジュアルな喪服っぽい女がスタスタと歩いていく。
 その後ろ姿を小走りに追いかけるものの、どんどん距離が開いていく。公園の横を走る道路へ差し掛かるところで、大きな犬を連れた少年が、僕と瑞希の間に入った。僕の背後から、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「やっぱり、浪川さんだ。向こうはもしかして、瑞希さん?」
 後ろを振り返ると、武藤さんのお父さん、幸次さんだった。彼は大きく手を振って、先を歩いている瑞希にも声をかける。僕の前を歩いていた犬と少年もこちらを振り返り、少年は不思議そうな表情を僕に向けていた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。