4月13日(木)

 朝から地元のパン屋に赴いて、少々多めに買い込んだ。お店のロゴがプリントされた紙袋を抱えて帰宅すると、部屋を出る前はベッドの中にいた沙綾は、リビングにマットを敷いて、日の光を浴びながらヨガに勤しんでいる。
 珍妙なポーズをとりながら、チラリとこちらに視線をやる。
「沢山買ったのね。食べ切れるの?」
「残りは昼飯にするさ」
 彼女は「ふーん」と興味がなさそうにいうと、そこからはこちらを気にすることなく、自分のモーニングルーティーンをマイペースに進めていく。こちらもこちらで、薄着の彼女は気になるものの、艶かしい動きや曲線を横目で眺める程度に留め、朝食の準備を進める。ケトルでお湯を沸かし、いつもはインスタントコーヒーのところを、ドリップコーヒーの封を開け、のんびりとお湯を注いでいく。数回に分けてお湯が落ちるのを待つ間に皿を出し、今食べるパンをチョイスする。
 揚げたてのカレーパン、きな粉パンと、ホントはお昼に食べたい要冷蔵っぽいミックスサンドを出して、残りの噛み応えがありそうなパンやらクリームパンはお昼に回そう。コーヒーを最後まで淹れて、食卓に付く。一人で「いただきます」とパンにかじりついていると、ヨガやらストレッチやらを終えた沙綾がタオルを肩にかけ、冷蔵庫から甘くない炭酸水を取り出した。汗を拭きながら、パンを食べる僕を見ている。
「一輝って、きな粉好きよね」
「そうかな?」
「お正月だって、せっせときな粉合わせてたじゃない」
「え、やらないの?」
 市販のきな粉に砂糖と塩を混ぜて、自分好みの味にしておくのは、大事な行事だと思うのだけど、どうやら彼女はやらないらしい。「粉に気をつけてね」と言い残し、沙綾は風呂場へ向かった。
 たまに抹茶や黒蜜、小豆を求めて出かけることもあったように思うけど、身近な抹茶フレーバーやら、コンビニで手に入るわらび餅やらにはあまり興味を示さなかったっけ……。
 粉を撒き散らさないようにきな粉パンを食べ終え、最後のミックスサンドに手を伸ばす。タマゴサンドとキュウリのサンドイッチに、ハムレタス。普通の白いパンと全粒粉らしい色違いのパンとで、見ていて楽しい。
 お店には、フルーツサンドやら、もっと肉々しいハンバーガーっぽいのもあったけど、それは今度の楽しみにしておこう。
 パンを食べ終え、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。食事終わりのコーヒーは、新しくインスタントコーヒーを入れる。ゆっくりコーヒーを味わいながら時計を見ると、まだまだ午前8時を過ぎたところ。
 先週オープンに漕ぎ着けた萱野駅前のサロンへご挨拶に伺って、その後のフォローやら、他の販促物、マーケティングに関する打ち合わせやらをするのが、今日一発目の仕事。現場へ直行してからの出社になるけど、まだ少し早い。
 シャワーを終えてバスタオル一枚で出てきた沙綾をチラリと見て、「洗面所、空いてる?」と聞くと、「まだダメ〜」と応えた。
「スムージー、お願いしていい?」
 彼女は目一杯の可愛らしさをかき集めて、風呂上りの用事をおねだりしてきた。「いつものでいいんだよね?」と訊くと、彼女は頷いて、「ありがとー。じゃ、よろしく」と脱衣所へ戻って行った。
 「オレも暇じゃないんだけどな〜」と呟きながら、自分の食事を片付ける。野菜室から小松菜を取り出し、「バナナを入れるんだっけ」とレシピを思い出しながら、自分がやらなければいけない朝の支度に思いを巡らせた。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。