6月6日(火)

「本当に、送って行かなくていいのか?」
 僕が妹に問いかけると、彼女は「うん」と答えた。大きなスーツケースを引きながら、一人で外に出て行った。
「相変わらず、心配症だなぁ」
 普段より大人しめのファッションに、地味目のメイクをしている沙綾の姿に一瞬ドキッとしながら、「いつまで経っても、妹だからな」と答えた。
「もう、二十歳も過ぎたんだし、立派な大人でしょ」
「それはそうだけど、そんな簡単に、年齢で切り分けられるか?」
 彼女は両手でマグカップを抱え、「う〜ん」と小さく唸りながら上を見上げた。
「難しい、か」
「それに、妹だから」
「弟だったらどうなの?」
 アイツがもし、弟だったら?
「弟だったら、ほっぽり出してるな。男なら、自分の身は自分で守れ、って」
「それもそうか」
 沙綾はそれ以上突っかかることなく、食卓でさっき作った資料を見直している。打ち合わせを経て書き加えた部分もさっさとデータにしておきたいところだけど、あくまでも彼女らのプロジェクトだから、余計な口出しは控えておこう。
「問題は、脚本ってところだよな」
 僕は新しいコーヒーを淹れて、向かいに座る。端っこの方に行ってしまった資料を手元に引き寄せ、目を走らせる。粗も散見されるが、学生がパパッと作ってこのレベルなら、ギリギリ合格点か。
「書くだけなら、森田さんとかにお願いしてもいいんだろうけど」
「それだと、みぃちゃんの撮りたい画になるかは分からないんだもんね」
 沙綾は再び天井を仰いだ。そもそも、森田さんに小説が書けることは疑わないが、映像向けの脚本、シナリオなんて書けるんだろうか。フィクション、ストーリーを考案する、肉付けするという意味では似ているけれど、微妙な違いが難しい気もする。
「そもそも、課題、自主制作のために書いてくれるのかって問題もあるけどね」
「まあね。そこは何とかネゴするしかないけど、みぃちゃん次第かなぁ……」
 普段とはまるっきり違う見た目で、真剣に悩む姿、考える姿がとても新鮮だ。表情の一つ一つ、何気ない仕草が気になって仕方がない。
 沙綾は僕の視線に気がついたらしく、視線を合わせて、やんわり睨む。
「ちょっと、真剣に考えてるんだけど」
「お、おお。悪い、悪い。可愛い妹と、彼女のためだもんな」
 隣の資料をサッと引き寄せて、視線を隠すように目の前にかざす。紙の向こうで沙綾はしばらくムスッとしていたが、それどころじゃなくなったのか、再び真剣な表情で考え始める。
 隣に用意しておいた白紙のコピー用紙を取ると、近くに散らばっていたペンを握った。彼女なりに何やら書き出していく。
「みぃちゃんの願望、画を優先するんなら、本人が脚本もやるのが一番よね」
「でも、プロデュースも脚本も演出も監督が全部やるのも、仕事としてどうなのか、ってところはあるよな」
「独り相撲の小さな作品になるのも、勿体ないもんね。折角やるなら、いいものにしたいし……」
 沙綾のペンが、ここまでの話を適当にまとめていく。キーワードを丸く囲んで、関係性を何となく書き加えていく。
「今度、森田さんも巻き込んで相談しちゃうか」
「そうね。それがいいんじゃない? 悩んでても仕方ないし、協力してくれるかどうかも、まだ分からないし」
 沙綾はパーっと表情を明るくして、「森田さんに相談、打ち合わせ」とデカデカとメモをした。二重三重にグルグルと丸く囲んで、ペンを手放した。
「あー、スッキリした」
 彼女は椅子から腰を上げ、少し下がって腰を回す。食卓の上に広がっている資料、彼女が書いたメモも、スッキリとは程遠い散らかり方をしている。
「ねぇ、なんか食べに行かない?」
 彼女は僕にグッと近づき、ヘアメイクにはそぐわない雰囲気で言う。そのギャップがまた、僕の変なところをグッと刺激する。
「でも、片付けないと」
「いいじゃん、そんなの。後でやるから」
 沙綾はいつも通りの強引さで、僕の手を引いて立ち上がらせる。大人しめの衣装に、その強引さはちょっと反則だ。僕は彼女に圧倒されるがままに、財布と鍵だけ持って部屋を出る。こういう彼女と、どこで何を食べたらいいだろう。少ない選択肢を必死に探して、ベストな答えを早く見つけねば。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。