7月7日(金)
今日の進捗を日報にまとめ、オンラインで勤怠を打刻した。念のため、チャットツールを見に行っても、目ぼしいやりとり、メンションはなさそうだった。
椅子に座りっぱなしだった腰を上げ、肩と首を解しながらゆっくり伸びをする。気がつけば20時前。さっきトイレに立ったのが18時半ごろだった気がするけど、時間を忘れて集中してしまった。
空になったカップを持って、リビングに向かう。普段ならテレビがついていて、何かしら聞こえてきても良さそうな時間帯だけど、灯りすら点っていない。七夕なのに一日雨で撮休と聞いていた気がするけど、沙綾は出かけたんだっけ?
壁際のスイッチをつけると、食卓に突っ伏している沙綾の背中が見えた。「灯りもつけずに、何をしてるの?」と言いかけたところで、規則的な寝息を立てているのに気がついた。僕は出来るだけ音を立てないようにグラスを洗い、遮光カーテンを締めた。窓の外はまだ雨が降っているらしい。
寝室から毛布でも持ってこようか考えていると、沙綾はゆっくりと頭を起こした。顔に変な線をつけたまま照明が眩しそうに目を薄く開け、「仕事、終わった?」と掠れた声で呟いた。
完全に一日オフの化粧っ気のない顔に、逆にドキッとしてしまう。彼女の手元にあったにはティッシュと輪ゴムで作られたてるてる坊主。握り締めた手の中には、作りかけのそれがぐしゃぐしゃになって収まっていた。
「いま終わったよ。ご飯、食べた?」
沙綾はまだボーッとした様子で首を横に振る。僕は彼女に、よく冷えた麦茶を入れて目の前に置いてやる。彼女はコップを両手で包み込むように持つと、ちびちび飲み始めた。
この雨の中、今から何かを食べにいくには気が引ける。宅配で何か頼んでもいいけど、それもそれで悪い気がする。冷蔵庫を開けても、目ぼしいものはなさそうだ。野菜室も冷凍庫も、パッと食べられそうなものはあまりない。週末に買い出しする習慣が完全に仇となった。
冷蔵庫の前でひとり考え込んでいると、いつの間にか洗面所でスッキリしてきたらしい沙綾が、冷蔵庫横のストッカーを触り始めた。
「お母さんからもらった素麺、この辺に仕舞わなかったっけ」
そういえばこの間、義母さんからお中元か何かで素麺もらったような。彼女は何度か引き出しを開け閉めすると、「あった、あった」と中から箱を取り出した。
「でも、麺つゆはなかったぞ」
「一輝って変なところで古いのね」
沙綾はこちらを振り返って、笑った。素麺の入った箱をカウンターに置き、改めてシンクで両手を洗う。髪をゴムで止め、エプロンをつけると意気揚々と鼻歌を歌いながら野菜室と調味料の棚をじっくり眺める。
「とりあえず、一輝にはお湯を沸かしてもらおうかな」
沙綾はスムージー用の野菜をいくつか取り出して、葉物やトマトを洗っていく。
「ほらほら、ボーッとしてないで動いた、動いた」
彼女の声に、僕は言われるがまま、両手鍋に水をたっぷり張ってコンロにセットした。沙綾は楽しそうに、包丁片手に野菜を加工していく。一体何が出来上がるのか、何を食べさせられるのか想像を膨らませながら、目の前の鍋がいつ沸騰するのか、気になって仕方がなかった。