1月14日(土)
B棟のスタバでレジ前の列に並んでいたら、2つ前で注文を終えたメガネのおじさんが僕を見て、「この間はどうも」と声をかけてきた。「そういえば、ここの学生さんだったっけ」と軽く挨拶を交わし、熱々のコーヒーを持って商工会議所の方へ歩いていく姿を尻目に自分の注文を済ませる。
「流石は経営学部。いや、英才教育の賜物か」
「ご立派だねぇ」と呟いて、先に座っていた東堂は自分のコーヒー代を差し出した。
「そりゃどうも。まぁ、そういうのも春までだけど」
「それで心理学ってのは恵まれすぎっていうか、天邪鬼っていうか。ボンボンの戯れよ」
東堂は少し声のボリュームを上げて言う。隣の座席では、心理学部のテスト勉強をしているらしい。他の席からも冷ややかな視線が送られてくる。「すみません」と軽く頭を下げ、東堂には声を抑えるよう手で示す。
「お前はいい友達だと思ったんだけどなぁ」
「学部を移ったって、友達は友達だろ」
「ちゃっかりネットワーキングしてる奴のセリフなんて、信じられるか」
言葉とは裏腹に、不貞腐れた表情を浮かべている。
「心理分析してんだろ?」
「バレた?」
東堂の握り拳が小さく肩に押し込まれる。周囲の迷惑そうな視線が流石に気になった。空になった二人分のカップを片付け、そのまま公園の方へ出る。まだまだ外は刺すように寒い。
元気に走り回る近所の子供たちを避けながら、駐輪場の方へ歩を進める。ぐだぐだ言う割に、東堂は隣を歩く。その視線は、少し先の立て看板を見ているらしい。
「一回ぐらい、ああ言う店で飲んでみたいけど、いい値段するなぁ」
黄金のヱビスビールと様々なフレーバー、色とりどりのビアカクテルが並んだメニューは、酒が飲めなくても見て楽しい。
「量は少なかったけど、結構旨かったよ」
この前食べたハンバーグは、中々良かった。次来るときは、ビールも飲んでみたい。足を止めて値段を確かめていると、隣から強い視線を感じた。東堂の目には怒りの色が見える。
「いや、バイト先の懇親会でさ」
「へー。ただ酒か?」
「酒は飲んでないよ。誕生日まだだし」
「え? いつ?」
「1月31日。2003年の早生まれ」
律儀に守る必要もなかったが、大人だらけの仕事の場、学内の会場とあっては流石に控える。「結局ただ飯だろ」と噴火しそうな東堂は、さっきまでの怒りを忘れたように、爛々と目を輝かせている。
「じゃあ、今度飲みに行こう。原田の誕生日祝いに」
東堂の勢いに、「いや、いい」と断る意思は追いやられる。完璧にど平日、一人の誕生日と思っていたけど、全て彼の段取りで押し切られそうな予感。
「俺の友達も呼んでいい? サシ飲みじゃ寂しいし」
嫌だと言っても、彼は止まらないだろう。東堂はスマホでメッセージを打ち込みながら、足早に自分の原付へ向かう。東堂に遅れて、僕は自分の自転車を駐輪場から引っ張り出した。
「じゃあ、そういうことだから。段取りしとくわ」
お手柔らかに、と声をかける間もなく、東堂はヘルメットをかぶった。流れるような動きで目の前の車道へ出ていく。明るい「じゃあな」の声を残し、東堂のバイクは交差点を右に曲がった。