2月1日(水)
向かいの席でホットコーヒーを飲む瑞希さんは、隣の席に置いた大きな紙袋を見た。
「本当に、半分出してもらって良かったんですか?」
紙袋の中から、プレゼント用の包装紙とリボンが覗いている。
「お兄さん、えーっと、」
「一輝?」
「そう、一輝さんにはお世話になってるんで」
月初に安くない出費は痛くないといえば嘘になるが、取引先の担当者が誕生日だと言うのなら、出さざるを得ない。この間奢られたランチもそのまんまだし……。
瑞希さんからのリアクションは特になく、二人揃って黙ったまま、賑やかなフードコートの中でコーヒーを飲んでいる。平日の夕方とはいえ、早めの夕食を取る近隣のサラリーマンや、親子連れでハンバーガーやフライドチキンにかじりついている姿もチラホラ見える。
「ご兄弟は、一輝さんと晃さんのお二人なんですか?」
コーヒーで口を湿らせたのに、声が少々上ずった。瑞希さんはそれを気にも留めない様子で、頷いた。「原田さんは?」と会話をつなぐ意思を示してくれた。
「3つ下に妹が一人」
「じゃあ、高校生?」
記憶が定かではないが、そうだった気がする。文字のやり取りもしばらくしていないし、顔も見ていないから、実家にいるときの印象から更新されていない。
「一輝さんも早生まれ、水瓶座だとは知らなかった」
「一輝さん、も?」
「いや、僕も昨日誕生日で。って、お兄さんから聞きませんでした?」
瑞希さんは首を振った。昨日、藤堂が連れてきた幼なじみのサッカー友達、浪川晃から、「明日、妹と映画に行ってくれ」と言われて今に至るのに。雑な投げ方に苛立ちを募らせかけたが、見知らぬ男と行動を共にしてくれた彼女に罪はない。横を向いて、呼気と共に負の感情を吐き出した。
「じゃあ、お祝いしないと」
瑞希さんは立ち上がり、空っぽらしい蓋付きのコーヒーカップを手に取った。
「今日のお礼もしたいんで」
僕が一人で、「えっ?」とか「おっ?」とか言ってる間に、彼女は僕のカップを指して、「もういいですか?」と訊く。僕が小さく頷くと、自分のカップと共にゴミ箱へ捨てに行った。近くの水道で手を洗い、席まで戻ってくる。
「ほら。行きますよ」
彼女は紙袋を僕に押しつけ、腕を引っ張って強引に立たせると、そのまま食品売り場の方へ引っ張っていく。僕は転けないようにバランスをとりながら、身体の向きを変えて隣を歩く。
「ケーキ2つと、晩ご飯の材料買わないと」
「えっ?」
「私に作れるご飯なんて、たかが知れてますけどね」
少し下から僕を見上げ、瑞希さんは笑ってみせた。
「いや、うち、一人だし」
僕のささやかな抵抗を意に介さず、瑞希さんはカートと、買い物カゴを取りに行く。ガラガラと音を立てながら、僕の隣までカートを引いて戻ってくる。
「だから、節約、節約」
彼女は強引に僕の手とカートを引いて、食品売り場へ先導する。青果コーナーで残り少なくなった玉ねぎやら人参やらを手にしては、見比べながら選んでいく。真剣な眼差しでああでもない、こうでもないと値段を気にしながら買い物する様は、なんだかとても愛おしく見えた。