3月19日（日）

「で、話ってなんだっけ？」
　いつものように、作業着姿の晃くんは、今運ばれてきた串を摘み、串に刺さっていたささみを一気に食べた。スムーズな動きで旨そうにビールを飲む。
「瑞希さんとのことなんですけど、」
「え、もうやった？」
「いや、そういう話じゃなくて」
「できちゃった、じゃないよな」
　晃くんの目つきが鋭くなる。心なしか、ジョッキを持つ肩にも力が入ったように見えた。全力で頭を振って否定する。
「じゃあ、何の問題もない。妹の貞操とか、興味ないしな」
　晃くんはメニューを眺め、次に何を頼むか検討し始めた。僕の方を見て、「どうする？」と訊いてきたけど、「僕のことは気にしないで、好きなように頼んで」と答えた。
「いや、割り勘だし」
「いやいや、コッチから呼び出したんだし」
「同級生相手に、無理すんなって。で、どうする？」
「じゃあ、コレかな」
　晃くんが既に呼んでいた店員さんに、メニューを指して注文する。
「山芋の鉄板焼き？　随分、健康的だこと」
「こういう時じゃないと、食べないし」
　独り暮らしで、他の根菜ならまだしも、山芋を買うことはない。串も目ぼしいものは一通り頼んだし、お腹もそれなりに膨れてきた。晃くんもそろそろ締めるつもりなのか、釜飯をオーダーしていた。
　彼はメニューを戻し、ビールを一口飲んで喉を湿らせた。
「あんたと瑞希が友達だろうが、一線越えようが、二人でよろしくやってくれれば、それで十分。聡太が義理の弟になるより、百万倍マシだ」
　藤堂聡太とは晃くんの方が付き合いが長いだろうに、悲しい評価を下されている。確かにアイツが友達なのはいいとして、親戚になるのは自分も嫌かもしれない。
「一線越えるときは、その前に挨拶はしといてくれよ。オレはいいけど、親父がね」
　晃くんはすっかり冷えたポテトフライを摘み、ケチャップをすくった。
「ま、親父が面倒なのはお互い様よ」
「ははは。そうだね」
　自分でも嫌になりそうな渇いた笑いが口から漏れる。美桜と付き合う人は大変だろうな。僕の場合も面倒かもしれないけど、瑞希さんなら大丈夫な気がする。
　そうこうしているうちに、山芋の鉄板焼きが運ばれてきた。晃くんが注文したスライストマトも一緒に運ばれてきた。
「そっちも野菜？」
「こういう時じゃないと、食えないんだよ」
　晃くんはたっぷりマヨネーズを乗せて、トマトを頬張った。今度は箸の先にマヨネーズをつけ、それだけを舐めてビールを飲んだ。
「ケチャップとか、マヨネーズとか、好きなんだ」
「好きっていうか、物珍しい、かな。家でも外でも和食が多いし、兄貴もいた時は争奪戦だったし……」
「へー」
　そう言えば、焼き鳥が届いた時も素早くパパッと食べてたな。職人らしい早飯かとも思ったけど、そういう影響があるのかな？
「みぃちゃんは普通に食べてた気がするけど……」
「あいつは婆さんがね」
　晃くんは急に、何かいいたそうな表情を浮かべ、「へぇ〜。みぃちゃん、ね」とねっとりした口調で言った。
「やっぱり、詳しく聞かせてもらおうか」
　晃くんはグッと身を乗り出した。壁にかかった時計に目をやっても、釜飯が出来上がるまでは、まだ時間がかかる。目の前を通りかかった店員さんを呼び止め、メニューのドリンクページを開き、追加のビールをオーダーした。