5月31日(水)

 二コマ目の課題をサッと提出し、早めに学食へ移動した。いつもより少し広めの場所を確保して、ちょっと早めに弁当を広げる。
「おお、哲朗じゃん」
 コンビニから出てきた藤堂と目が合った。彼は本を数冊手で持って、僕の方に近づいてくる。
「今日も相変わらず、弁当なんだな」
「まぁね。学部が変わったって、何にも変わらないさ」
 藤堂は向かいの席に手をかけ、スッと腰を下ろした。僕の顔を少し見るなり、「そうか?」と言った。
「ちょっと疲れてるように見えるけど。勉強のし過ぎか?」
「え、そんなにひどい?」
 僕はスマホを取り出して、インカメに切り替えた。自分では何かが変わったようには見えないが、周りにしか分からないものでもあるのだろうか。
「お〜い、哲朗く〜ん」
 教室へ通じる廊下の向こうから、黄色い声が聞こえて来た。賑やかな女性陣のしゃべり声が少しずつ近づいてくる。藤堂は声の方を一瞬見やって、僕の顔に視線を戻した。何かを察したらしく、小さく頷いた。
「心理学部生ってのは、モテるんだな」
 藤堂は随分と茶化した口調で呟いた。彼に何か言おうと口を開いたが、その前に隣まで来た上坂さんが藤堂に声をかけた。
「そこ、空けてもらってもいい?」
 藤堂は上坂さんらの方をチラッと見て、何も言わずに座席を立った。座面を手で払い、「どうぞ」と譲ると、隣の席に移動した。上坂さんは「どうも」と藤堂が座っていた席に腰を下ろした。その隣に青柳さん、僕の隣に鈴木さんが、ランチが乗ったプレートを持って座る。
「で、話って?」
 上坂さんは豊かな胸を強調するように、グッと上体を乗り出した。ちょっと湿度が高めな空気に、フワッと甘い香りが混ざって鼻腔をくすぐる。僕は食事を脇によけ、手を拭いてからカバンを引き寄せた。そこの方から三冊、同じ雑誌を取り出した。
「武藤さんというか、森田さんから預かって」
 僕は彼女らに、出来上がったばかりの同人誌、ヒイラギを差し出す。上坂さん、青柳さん、鈴木さん、三者三様に嬉しそうな表情を浮かべ、食事をよそにパラパラと中身を確かめている。
「藤堂も、いる?」
 僕は自分用のをカバンから取り出し、藤堂に差し出した。彼も彼女らのように受け取ってパラパラめくる。
「お前のが載ってる訳じゃないのか」
「サイトの運営は手伝ってるから、スタッフではあるんだけどね」
 彼は「じゃあ、いいや」と返してくれた。
「で、この人たちは?」
「彼女らは全員、掲載されてる」
 僕は藤堂に、作家先生の名前を順番に紹介していく。彼女らはみんなドヤ顔で藤堂に挨拶する。
「心理学部の女性作家か。お前、中々、えげつない付き合いしてんな」
「えげつないは、流石に言葉が悪いよ」
 僕はチラッと女性たちの顔に視線をやったが、誰も大して怒っていないように見える。そういうところも含め、水面下でストレスを感じているところもなくはない。藤堂は、それを察してくれたのか。
「瑞希ちゃんとも付き合ってんのに、お前ばっかりズルいよ、本当に」
「だって仕方ないでしょ。哲朗くんは、あなたと違って面白そうな男だし」
 上坂さんは、突き放すように言った。藤堂は大して声を荒らげることなく、自然な口調で「つまらない男は、退散しますよ」と立ち上がった。
「皆さんでごゆっくりどうぞ」
「お心遣い、どうも」
 藤堂はスッと食堂を出ていく。僕がその背中に「じゃあ、また」と声をかけると、彼は振り返らずに、手を挙げて去って行った。

初稿: 改稿:
仮面ライター 長谷川 雄治
2013年から仮面ライターとしてWeb制作に従事。
アマチュアの物書きとして、執筆活動のほか、言語や人間社会、記号論を理系、文系の両方の立場から考えるのも最近の趣味。