2月17日(金)
およそ3年ぶりに実家へ帰るという哲朗くんに、二十歳と餞別を兼ねた祝杯を上げ、JR総持寺駅の改札で見送った。たまたま、長岡京のお父さんのところに泊まりがけで出かけるという里紗、啓を連れた香織とすれ違う。孫娘の里紗たちは姉弟の二人だけで電車に乗り、里紗は先日返って来た数学のテストを持って、お父さんとともに振り返るらしい。
幸弘、香織を伴って自宅に戻る。自分で持って来た携帯ゲーム機で遊ぶ智希、連れて来た愛犬の面倒を見ながら、台所の志津香を手伝う史穂さん。陽菜は幸弘の家で一人、勉学に勤しんでいるらしい。
幸弘はスマホを操作して、誰かにメッセージを送った。
「陽菜か?」
「いや、哲朗くんの親御さんに。さっき、電車に乗りましたって」
「随分と過保護ね。茨木から西宮なんて、小学生でも一人で大丈夫だって」
横から香織が茶化すように言い、夕飯が並ぶ食卓にさっさと座った。彼女の場合、子供達が少々逞しすぎるところもある。とはいえ、二十歳を過ぎた男子学生に、哲朗の向き合い方も違和感がある。ボサッと幸弘を見つめていると、彼の顔がこちらを向いた。
「本当に、何にもないんだよな」
「またその話? ドラマの見過ぎだよ」
幸弘は智希にゲームを終えて手を洗ってくるように良い、香織の隣の席に座った。
「ウチの貴重な戦力で、大事な大事な取引先のご子息だから」
「憧れの先輩に、頼むって言われてるしね」
史穂さんは犬のテディを隣に座らせて、幸弘の説明を補足した。志津香が調理に区切りをつけて、食卓に着く。智希も座って、夕食が始まった。
「一朗さん、関学じゃなかったっけ?」
香織は自分の取り皿にサラダを取り、片手で缶ビールを開けて史穂さんに差し出した。史穂さんは「すみません」とグラスを傾けながら、「明子さんの方が、立命で同じサークルの……」と言うと、幸弘が「1コ上」と付け足した。
香織は、史穂さんのお酌を受けながら、「なるほど。そういうことか」と呟いた。
「お義姉さん、良い人すぎない?」
「本当にそう思う?」
史穂さんと香織は、お互いに少々黒い笑いを浮かべているように見える。史穂さんは智希、テディの面倒を見ながら、自分の食事に手をつけた。
「ま、色々あるんだよ」
幸弘はそう言い、スマホに届いた通知をチラリと見て、すぐに画面を伏せた。
「親父なんて、最近もあっただろ?」
「なんの話?」と志津香が尋ねると、香織は自分のカバンから二つに畳んだチラシを取り出した。志津香にチラシを見せ、真ん中あたりを指差すと、志津香は納得したように頷いた。智希も興味津々に覗き込み、「ああ、本屋さんの。この前、サイゼリヤで写真撮ってたね」と言った。
「お父さんは、和風美人が好きだから」
志津香はそう言いながら、自分の食事を終えると調理を再開した。おにぎりを握り始めた彼女に、「すみません、お義母さん」と史穂さんも席を立って手伝いに加わる。智希が「ごちそうさま」をすると、香織は「もういい?」と私と幸弘に聞き、答える前に空いた食器を片付け始めた。